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水滴が天田の頬に落ちた。水滴は二粒、三粒と増えていき、すぐに数え切れなくなった。天田は身を屈めて龍の絵と道具一式を抱え、草原を一目散に駆け抜けた。
勢いを増した風が天田を押し返すかのように吹き荒れ、雨粒は弾丸のように背中を打った。それでも彼は、”龍”だけは濡らすまいと必死に走った。なだらかな坂を下ればバス停がある。あそこで雨宿りをしよう。そう考えた瞬間、地面の窪みに足元を掬われた。
「うわああっ」
天田はつんのめり、坂道を転げ落ちて行った。草と泥にまみれ、腕から画材がすっぽ抜けても”龍”だけは手放さなかった。だが坂道が終わり原っぱが平らになる直前、こんもり盛り上がった地面がさながら発射台のように機能して、男と”龍”は宙を舞った。
天田は地面に叩き付けられ、一拍置いて”龍”が落ちて来た。絵の具が一瞬で落ちるということはないが、精魂を込めて描いた絵を雨ざらしにするわけにはいかない。彼は痛みを押して”龍”に手を伸ばした。
そのときだった。
空が白く輝き、画家と”龍”を照らし出した。
絵の中から龍が飛び出し、豪雨をものともせず激しく体をくねらせて天上へ突き進んでいった。
――画家には、そう見えた。
「そうだ、これだ。俺が描きたかったのは……!」
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