画龍驟雨

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一切の塗りむらのない、淀みなく青い空のてっぺんを目指して、白い雲が上へ上へと盛り上がっていく。 目の前に広がる夏空の風景を、男はキャンバスの中に切り取り、入道雲のまわりに螺旋を描くように太筆を滑らせる。 続いて細筆を手に取り、彫刻家が細いノミで石を繊細に掘り進めるかのごとく、螺旋状の輪郭に緻密に描きこんでいく。 やがて現れたのは、天へ昇る龍。龍も雲も、質感を伴った見事な絵である。 あと少しで仕上げというところで、額から垂れた汗が目に入り、痛みが走った。画竜点睛という中国の故事ではないが、男・天田龍一は筆を置き、首にかけたタオルで汗を拭った。 ちょうど雲が太陽を覆い隠し、天田のいた原っぱは日陰になった。ペットボトルの水をごくごくと飲み干し、草むらに身を投げて空を見上げた。 天田の目には、空を悠然と泳ぐ龍の姿が映っていた。 「……違う」 この大空を舞台に繰り広げた空想はもっと雄大だったはずなのに、四角い枠の中に落とし込むと途端に矮小に見えてしまう。雄々しいはずの龍が大人しい羊のように縮こまっている。
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