幼馴染のままで

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幼馴染のままで

「あーあ。どうして俺に彼女ができないのかな」 「(けい)ちゃん……だったら。私がなってあげようか?」 「お前が?」 店先のエプロン姿の兄の友人は驚き顔でそんなのありえないと笑った。 「だってさ。梨々子じゃ、妹みたいじゃん」 「……」 「確かに仲はいいかも知んないけど。お前を彼女って」 「もう良いから」 地方の片田舎の商店。彗の店を手伝っていた梨々子は彼に背を向けた。そしてこれ以上何も言わずにこの日は帰宅した。 幼い頃からの長い片思い。最近、こうして大人になり仕事を手伝っている彼女。今更の告白。でも結構何げないタイミンングであった。 ……でも、ダメだった。少しは動揺するかと思ったけど。 都会で仕事をしていた梨々子。多少は痩せて、多少は綺麗になったつもりだった。それでも彼には大人に見てもらえなった。この事実。受け止める以外なかった。 ……明日からどうしよう。はあ。告白しない方がよかったかな。 告白の失敗。これを恐れて今まで告白を避けていた梨々子。恐れていた通りになってしまった。 しかし。さっきのノリ。これに便乗してやはりギャクだったと誤魔化すことにした。相手にされなかった悲しみ。彼女は涙のベッドを過ごしたのだった。 「こんばんは」 「うっす!」 翌日の夕刻に梨々子はいつものようにやってきた。 地元の高校のバレーボール部の監督をしている彗。店の番にやってきた梨々子に顔をむけた。チームが優勝候補である多忙の彗のために、梨々子は二週間前から店番をするようになっていた。 梨々子は都会の企業に勤務しているが、最近、仕事が自宅でOKになったので、今は実家に帰り、定期的に新幹線で通勤していた。そんな彼女。実家にいる間、兄と彼に頼まれて店番をしていた。 「あのな。すまんな。昨日のこと」 「?」 「その……お前が俺の彼女って。俺、なんかひどいこと言ったかなって」 ……謝られせてしまった。私のせいで。 困った顔で頭をかく彼に、梨々子は申し訳なくなった。しかし、肘で腹を突いた。 「痛?」 「あれは、冗談だよ」 「……そうなのか?」 驚くような助かったような顔。梨々子はこれでいいと思った。 「うん。あのね、この際だからはっきり言うけど」 梨々子は昨夜考えたセリフを息を飲み、目をパチクリしている彼にぶつけた。 「私はずっと彗ちゃんの幼馴染でいいから」 「梨々子……」 「ほら!時間でしょ?行ってらっしゃい」 こうして彼を部活の練習に送り出した梨々子。彗の実家、田舎のコンビニである「スター屋」の店番をした。 昭和時代のコンビニのスター屋。タバコやお酒。肉まん、あんまん。アイスに飲み物がなんでもある商店に近所の人がやってくるがどれも顔見知りであった。この店。梨々子は仕事をしながらパソコンで仕事をしていた。 そして夜八時。彼が帰宅した。 「ただいま。腹空いた……」 「はい。おばさんが用意してくれたよ」 店から続きの母屋の居間。ここに帰ってきた彗に梨々子は今夜も料理を温め始めた。 「はあ、疲れた。ビール」 「もう、自分で出せば良いのに」 「うるせえ。いただきますー!」 彗はムシャムシャを食べ始めていた。梨々子は彼の前に冷奴を出した。 「はい。これビール。こぼさないように、それと生姜は?」 「ある」 「……醤油をかけますよーおっと?」 「おう!ふ、フフフ」 突然笑い出した彗に梨々子は首を傾げた。 「どうしたの?」 「だってさ。なんかお前が嫁さんみたいで」 「?ご、ごめん。お兄ちゃんと一緒になっちゃった」 ……私は、幼馴染。そうよ、そう宣言したんだもの。 お節介だったと思った梨々子は、恥ずかしさを隠そうと店に引っ込んだ。 そして店番をした。この日から梨々子は食事の時は、さっさと店番に戻ることした。 ◇◇◇ 「ただいま」 「おう、おかえり」 この夜。スター屋の店番を終えた帰宅した梨々子。実家の兄は優しくコタツの場所を空けてくれた。 「どうだい?チームの様子は」 「調子いいみたいだよ」 兄もバレーボールチームをしており、彗と一緒にボランティアをしていた。兄は近日、高校では大きな試合があると話した。 「優勝したら全国大会だからな。お前、店番やってやれよ」 「いいけど。彗ちゃんに聞かないと」 「いや。試合で頭がいっぱいだよ、あいつ」 彗の母は腰が痛いので店番は午前中しかでできないのは梨々子もわかっていた。こうしてチームはあれよあれよで優勝を決め、正月明けに全国大会に出場が決まった。 彼女は彗のために店番を続けることになった。 「明日からか……ドキドキするぜ」 「コーチがそんなんでどうするの。生徒さん達を連れて行くんでしょう?」   試合に出発する前の夜。スター屋の夕食時。彗は緊張していた。地方の高校生を東京に連れていくプレッシャー。それがわかる梨々子ははい、とお茶を出した。 「だってさ。ほとんどが地方の学校だよ。それに体育館はどこも一緒でしょ?」 「まあな」 「やることはどこでも一緒!さあ。もう寝なさい。ほら」 「おう!」 こうしてバレー軍団を送り出した梨々子は、スター屋の店番をしていた。兄や友人達が試合に合わせて出かけていく中、梨々子と彗の母だけ、留守番をしていた。 「……あ。試合が始まりますよ」 梨々子は店に設置したテレビをつけた。集まった常連客は見えやすいところに椅子を移動し、ちゃっかり座った。 「どれ?あ。彗が映った!」 「みなさん。もっと下がって。みんなで見ましょう!」 そして始まった試合。スター屋のテレビ。近所仲間と梨々子達は観戦していた。大騒ぎの応援の中、彗の学校は勝利した。 「やったー!よくやった彗!」 興奮する彗の母をよそに梨々子はどさくさに動き出した。 「はいはい。応援のみなさん、こちらの募金箱をお願いまーす!バレー部の寄附金でーす」 喜んでいる年寄りはポケットのお金をどんどん入れてくれた。勝ち進むたびに貯金箱は重くなって行った。そんな夜、梨々子に電話がかかってきた。 『あーあ。明日は準決勝だし』 眠れないと言う彗の話に梨々子は付き合っていた。 「チームの調子はどう?」 『うん。けが人もいないし、あいつらも興奮してるな』 「ふーん」 『まあ。ここまできたら気持ちの問題だよな』 このセリフにスポーツ未経験の梨々子は止まった。 「私はそう言う精神論ってわかんないな……」 『何が』 「だってさ。スポーツは練習した結果が全てだと思うよ?気持ち、って言うのはその人の、なんて言うか練習で鍛えられない部分だもの」 『ダメってことかよ?』 「よくわかんないけど、選手の気持ちのせいにするのはおかしいってこと。どっちも勝ちたくて精一杯やればいいじゃないの?それで負けたらそれは監督コーチの責任だよ」 『アハハハ!それも、そうだな』 他にもおしゃべりに付き合った梨々子は彼を早めに休ませた。そして運命の日になった。 「おばさん。その格好は?」 「せめてここで応援するのさ」 気合の鉢巻の彗の母。興奮する試合観戦。その間にもお客はやってきていた。 誰も夢中の店の中。梨々子は一人仕事をしていた。そんな彼のチームは勝利を収め、地元に帰ってきた。 冬、大雪の町。梨々子はみんなが集まるためにスター屋の周りの駐車場を一人で雪かきした。 ……お店も暇だし。どれほど来るかわからないけど。 続々と人々が祝いにやってきた。梨々子は雪の中、車の誘導をしていた。 そして落ち着いた頃、頭に雪を乗せて店に入ってきた。そこでは彗がはしゃいでいた。 「うわ?みんな。こんなに集まってくれたの?すげえ」 スター屋に帰ってきた彗は仲間や友人達にもみくちゃにされていた。それを幼馴染みの立ち位置の梨々子は黙々と祝杯をあげる彼らの世話をしていた。 その中。近所のママさんバレーのメンバーの顔をみえた。 「彗ちゃん。おめでとう!」 「あんたはすごい」 ふざけて抱きしめる中年主婦達。その中には若い女性も見えた。ふざけてキスをする様子。梨々子の知らない世界。彼女はそれに背を向けて店を片付けていた。 「おい!梨々子。なんかいい匂いするんだけど」 「だって彗ちゃんは打ち上げに行くでしょう?」 帰宅した彼が空腹かもしれないと危惧する彗の母の話で、梨々子は彗母と一緒にお雑煮を作っておいた。彼は鍋の前でうろうろしていた。 「はい、じゃ、少しだけね」 「美味そう?いただきまーす!」 彼は嬉しそうに台所で立ったまま食べ始めた。それを梨々子は隣で見つめていた。 ……まあ。いいか。この顔が見られたんだから。 さっきのメンバーと親しそうな雰囲気。梨々子は今日までのことを思い返していた。この数ヶ月。彼のそばで店番をしていた日々。それももう終わりとなった。悲しい梨々子を知らず、彗は嬉しそうに箸を振るっていた。 「美味い!なあ、これまだあるんだろう」 「あんまり食べると打ち上げで何も食べられないよ?」 そんな彗はもう一杯だけ食べ、夜の席へ出かけてしまった。 「おばさん。もう店じまいにするね」 「悪いね」 「いいの!それよりも彗ちゃんに話ができなかったんだけど」 梨々子は仕事があるので明日から東京の会社に行ってくると話した。いつ帰るかは未定と言い彼女はスター屋を後にしたのだった。 ◇◇◇ 仕事先の東京。トラブルが発生していた。梨々子はこの対応のために会社近くのカプセルホテルに連泊し、自宅に帰れない日々を過ごしていた。そしてこの問題が解決した十日後に、実家に帰ってきた。 駅でポツンと立っていた彼女は遠い空を見ていた。 ……バスはやっぱり間に合わなかった。 梨々子は歩きながら兄へ電話をしていた。しかしその時、兄の友人で幼馴染のクリーニング店の吉彦が通りかかり、梨々子を車で送ってくれた。 「今度はいつまでいられるんだ」 「わかんない。場合によっては、またすぐ行くかも」 「大変だな。それよりお前さ。すげえ、寄付金集めたって。みんな驚いていたけど」 一緒に大会に付き添った吉彦。留守番の梨々子の武勇伝に感動していた。 「そう?くれたのはお客さんだから。スター屋に感謝の手紙でも貼っておけばいいんじゃない」 どこか他人事の梨々子。吉彦はそれでも続けた。 「お前さ。店番して評判良かったからさ。俺もお前の縁談を相談されたぞ」 「本当?そうか、それしか無いかな」 縁談の話に寂しそうな梨々子。吉彦はその顔が気になった。 「あのさ。お前さ、彗の事はいいのかよ」 「いいって?」 「俺たちの中で、一番仲良かったじゃねえか。だからその、結婚とか」 気にしてくれている妻帯者の吉彦。梨々子は安心して答えた。 「うん……あのね。とっくに振られてるの」 「そう?なんだ」 驚く吉彦。梨々子は窓の外を見た。 「全く相手にされなかったんだ……まあ、私に魅力が無いのが悪いんだ」 「そんなこと無いと思うけど」 「いいの。本当のことだもの」 かける言葉が無い吉彦。梨々子はそれでも笑顔を見せた。 「でもさ。いつまでも独身だと、うちの家族が心配するし、私、吉くんの紹介だったら、考えとく」 「わかった」 こうして彼女は家に降りた。 「ただいま」 「あれ?送ってもらったのか」 「うん」 梨々子の実家は小さなスーパーであり、エプロン姿の兄は彼女に休めと言ってくれた。彼女はこれに甘えて家の二階の部屋で、部屋着に着替えてまったりしていた。 ……はあ。疲れた。 するとトントントン!と階段を上がってきた音がした。 「おい。梨々子。入るぞ」 「は?」 彼女の返事も聞かずに彗が慌てて入ってきた。どこか怒っている顔であった。 「どうしたの?」 「どうしたの、じゃないだろう。お前、何を言ってるんだよ」 「はい?」 彗はとにかく怒っていた。 「俺はお前を振ってないぞ」 「……振ったでしょう。あの時」 「あのな」 彼はいきなり梨々子をベッドに押し倒した。 「それにさ。お前、俺からの電話になんで出ないんだよ」 「……メッセージは返したよ」 「だから!?なんで電話に出ないんだよ」 怒る彼に梨々子は目を瞑った。 「だって……声を聞いたら会いたくなるから」 「……会えばいいじゃねえか」 優しい声。梨々子は彼を蹴飛ばした。 「痛ぇ?」 「ねえ。離して!私になんか構わずに彼女のところに行ってよ」 涙声の梨々子が暴れたが、彗は覆い被さった。 「やだ。ここにいる」 「もう!離して」 「……俺が好きなのは。やっぱりお前だもん」 彗はそう言って彼女の首元にキスをし、じっと見つめた。 「梨々子。なあ、信じてくれよ」 「……何を」 彼は恥ずかしそうに梨々子を見つめた。 「俺が好きなのは、お前だけなんだ。本当だよ」 彼の優しい声の中、二人はそっとキスを交わした。 「ところで。なんでそんなに怒っていたの?」 「吉彦から電話が来て、なんか頭に来ちまった」 ベッドの彼は梨々子を抱き起こし、くすと笑った。 「何?」 「……いや。ほっとしたって言うか。お前にもう逢えないのかなって思ってさ」 「大事にしてくれないとそうなるかも」 「おい!」 笑顔の二人の部屋。冬の寒さであったが、ここだけが春が来ていた。 FIN
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