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「やっぱり野々宮さんイィわぁ、その言葉のセンス」
狼狽えるわたしの足下から直接届いた声。
――野々宮さん――?
(わたし自己紹介してないよね)
蹲ったまま腕に顔を埋めていた先輩はチラリとその腕の間から視線だけを上げ、呆然と固まったままのわたしを見上げた。
「〝てるぞうサン〟」
口元は腕で隠したまま波奈先輩は確かにそう言った。
「どう、し」
ハッとして口を噤む。わたしが画面に打ち込む前に、先輩は再び完全に顔を腕に隠して答えをくれた。
「アレ作ったのオレなんだわ」
そして再びチラリと視線だけを上げこちらを確認すると顔を伏せる。
スマホ画面を見ている訳じゃないから当たり前だけど、先輩が視線を上げるたび王子様然とした綺麗な顔が見えて、ぴょこんと鼓動が跳ねた。
「友達待ってる間が暇すぎて花壇の石で遊んでたんだけどさ、あ、無意識な。ある日いつもは綺麗に片されてる小石が積んだ状態のままになってて、〝てるぞうサン〟って声かけてる女の子に出会った」
あの小石を〝てるぞうサン〟と呼んでいるのは当然わたしだけで。
「驚いて次の日も、その次の日も、花壇の近くまで見に行った。そしたら毎日遅くまで花の世話しながら〝てるぞうサン〟に声かけててっっっってっっっっオレ! めっちゃキモチワルイ奴じゃね⁈」
顔は見えてないけれど先輩の耳がみるみる真っ赤に染まっていく。
「あぁ! もう雨上がりそうだなッ」
今度はいきなり立ち上がると、こちらを見ることも無くバス停の端に寄せて置いてあった自転車に向かって行ってしまう。
確かに雨は小降りになってきた。東側の空も明るくなっている。おそらく、もうじき雨も上がる。このキセキの時間が終わってしまう。
今、この時が終わればまた遠い世界の人になってしまうのに、背中しか見せてくれない事が寂しい。
「の、野々宮さん?」
気づいた時には体が勝手に動いていた。
「や、あのっ、スミマセン!」
背を向ける波奈先輩のシャツの裾を思わず掴んでしまっていた。慌てて手を離したけれど、やっぱり寂しくて。
もう少しだけ。
一緒に居られるこのキセキが続いて欲しいと素直に思った。
「名前……なんで」
先輩は少し仕方なさそうにフワリと微笑むと、わたしの方を向いたまま少し後ろへ下がり距離をとった。
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