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「マスクの替えないから」
そう言って羽織っていただけのシャツを脱ぐと口元を塞ぐ。
「あ」
波奈先輩の気遣いに、わたしは替えのマスクが有ること思いだし素早くカバンから取り出して着けた。
(あれ? 最初からこうしてれば)
不意に湧き上がった思いにハッとする。
「見に行くたびに美化委員の先生が呼んでたから覚えた。イタズラではなかったけど暇つぶしに積んだ小石に名前ま付けて、てるぞうサンの周りだけふかふかの苔でなんか次第にアートになってて……いや、やっぱオレ、キモチワルイ」
「気持ち悪くないです! そんな所まで気づかれてしまっていたのは恥ずかしいですけど、波奈先輩の周りに人が集まるの何だか分かる気がします。すごく周りを見てる。優しいです」
キラキラした笑顔や周囲の賑やかさが眩しくてとても遠い存在に思えていたけれど。
「そんな事は」
「いえ、優しいです。多分、わたしが髪整えるまで声かけてくれるタイミング待ってくれてましたよね。メッセアプリの交換も、わたしが緊張して顔も上げられなかったから」
こうやって顔を上げて話せるまで待ってくれた波奈先輩は、遠い存在の王子様ではなく、とても優しい、優しい気遣いが出来る人。
「ありがとうございます」
先輩やその周囲の人たちのようにキラキラではないかもしれないけれど、自分のありのままで笑えていられたら良い。マスク越しにでもこの嬉しさが伝われば良い。
その瞬間、ふわっと金色の光が差してきた。
ふたりともが光に誘われたその視線の先では、雨は上がり、夕日が辺りに黄金の光を放っている。
「波奈先輩、雨が上がりましたよ。良かったです」
「ホントに良かった」
どこか放心したような、安堵したような表情で先輩がこちらを向く。
「はい」
わたしの笑顔の返事に波奈先輩はクスッと笑い、静かに首を横に振った。
「多分、違う」
「違う?」
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