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夕立と。王子と。また明日。
「お疲れさん野々宮~、早く帰れよぉ雨降りそうだぞぉ」
少し離れた職員室からでも見える中庭で、花の世話をしていると美化委員会担当のオジさん先生に声を掛けられた。
「はぁい、先生さようならぁ」
先生に返事をしながら空を見上げると、先ほどまでは確かに夕日に染まっていた空がいつしか灰色の雲に覆われている。
「てるぞうサン、わたしが帰り着くまで天気ヨロシク」
中段の高さの植え込み台になっている花壇の端に居る〝てるぞうサン〟に声を掛けた。
〝てるぞうサン〟は、小さな石ころを無造作に二つ積み上げられた体長五センチほどのその姿が、てるてる坊主のようにもお地蔵さまのようにも見え、いつしか現れたその存在に気がついた時からコッソリと名前を付けて崩さずに置いている。
「また明日ね、てるぞうサン」
急いで清掃用具を片付けて校門を出た。通学に使うバス停までは約十分。
「降ってきちゃった」
ポツリと額に当たった小さな粒は次第に大きさを増して、パタパタとコンクリートを鳴らし始めた。初めの軽いパタパタという音はバタバタへと変わり、途端にバシャバシャとザーが混じり合った激しい雨音になる。急いでバス停に向けて走ってはみたものの、大して速くもない足ではバス停に着くころには腕で守ったカバン以外の全てから雫が滴ってしまっていた。
「マスクまで濡れちゃった」
一人だったため着用せずにスカートのポケットへ入れていたマスクまで濡れてしまっている。
「あぁ、やっべっっ!」
バスに乗るのにマスクを着けていないのは自分が困る。替えをと探し始めたところへ、自分よりもさらにびしょ濡れになった男の子が自転車ごとバス停の屋根の下に滑り込んできた。
「マスクびしょ濡れだしっ」
濡れたマスクを外す彼は学校の〝王子様〟。
アイドルのようなキラキラ笑顔。周囲にはいつも男女問わず人が居て、さらにその周りを憧れの視線を投げる子たちが囲んでいる。
(波奈先輩だ)
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