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「投げ出して帰ってきたら親子の縁を切るで! 家に入れへん。分かったら返事!」
「……っ、はい!」
身を乗り出したおかあさんに、ぱん、と両頬を勢いよく挟まれた。お母さんは私の額に自分の額を合わせる。
「やると決めたら最後までやり。結果が出る人は、最後まで努力をした人や。もう泣きな、背筋伸ばして、胸張って、目線は二階席やで」
目線は二階席やで、昔からの口癖だった。舞台は広くて客席は二階席、三階席までまである。だから普段の稽古場で鏡を見るように前を見るだけでは、下を向いて自信がないように踊っているように見えるのだ。
お母さんの教室に通っていた頃は、発表会の本番前によくそう声をかけられていた。
けれど私たち親子の中では、それだけの意味ではなかった。
“自信をもって。円ならできる。大丈夫。”お母さんはきっとそう言う意味を込めて、小さい頃の私にそう言っていたのだろう。今、それに気が付くことができた。
「……っ、絶対なげだしたりしない」
「うん、頑張り」
「結果出すまで、絶対に帰ってこない」
「年末年始は帰ってき」
「ふふ、分かった。その時はドロフェイもね」
お母さんが手を離した。立ち上がって深々とドロフェイに頭を下げる。
「円をどうぞ、よろしくお願いします」
「マミー顔をあげて。大丈夫、マドカは絶対に笑顔で帰ってくるようにするから」
そう言ってお母さんの手を握ったドロフェイ。
たった数時間前までは考えもしない光景だ。これが本当に夢ではないのなら、私は最後のこのチャンスを絶対に無駄にしたくない。
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