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なーんてこともなく。
「垣田、おい垣田」
「ふがっ」
ふがって鼻息やば、と目の前で笑うのは照れ屋でも必死でもない余裕綽々の澄だった。教室だ。じゃあバス停の映像は夢か、いや妄想? と首を傾げる。
「もうすぐ夕立やむってさ」
見せてきたスマホの画面には雨雲レーダーと予想アプリが映っている。
「……ロマンのない世の中になったもんね」
「なに言ってんだよ。てか傘ないの俺と垣田だけなんだわ、なあ。お前の惚け顔見ながら大人しく待ってた俺にご褒美はねえの」
惚け顔、ということはあれは鮮明な妄想だったのか。手に持っていたのはきゅんとする恋愛で有名な作家の最新作。そういえばさっき読み終わったんだった。だから電車通なのにバス停だったのね。
「ふうん、ん?」
「フーンじゃねえよ。他のやつらはさっさと帰っちまうし、余計な気遣いしやがって」
惚け顔見てたって。どうして。
「なんで帰らなかったの?」
一拍おいて大きくため息をつかれた。
「いや、だって矢野くんとか斉藤くんとかいつも一緒に帰ってるし。いくら高校男子だって傘くらい入れてくれ――え、澄?」
話していると澄はさっと立ち上がり帰り支度を始めた。
「……帰る」
教室の鍵も持っていってしまったから慌てて追いかける。走ってドアをくぐると無言のまま鍵を回してさっさと階段を降りていく。何度か名前を呼んだけど止まってくれない。職員室に入って出てきても話さない。澄が怒った? 普段茶化してばかりの澄が? どうしようと冷や汗が伝う。迷っているうちに正面玄関が近づいてきて、上履きを脱ぐ。
「澄、澄ごめん」
昇降口を下りる直前、謝りながら捲られた長袖シャツの袖を掴むと初めて立ち止まってくれた。
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