#11 運命の歯車が動くとき

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#11 運命の歯車が動くとき

 彼と別れてから、とやかく言われることのなくなった私は、サークル活動に精を出すようになっていった。  お中元の包装や仕分けのアルバイトをして稼いだお金で行った夏休みの合宿は、サークルでバスを貸し切って、星のきれいな高原のペンションへ行ったのだが、バスの席がAさんの隣だった。Aさんと、大学の話や、合宿の話で盛り上がって、バスが苦手なのに、酔わずに現地までたどり着くことができた。  天体観測は主に夜遅くの活動になるので、普段は帰りの時間を気にしなければならないけど、合宿だから気兼ねなく深夜まで観測ができて、グループ分けをしてそれぞれの内容を発表しあったりもして、とても楽しかった。  打ち上げの夜、お酒の飲める歳になっていた私は、先輩とお酒を飲んでいたら、調子に乗って少し酔いすぎてしまった。外で涼んでいたら、Aさんがやってきた。 「まりのちゃん、大丈夫?」 「あ、Aさん、すみません、心配かけてしまいましたね。大丈夫ですよ~、ちょっと暑くて出てきただけですから」 「なら良かったんだけど」 「いつも優しいですよね~、Aさんて」  外階段に腰かけていた私のとなりに腰を下ろしたAさんは、私のことを見つめていた。 「あのさ、まりのちゃん…いきなりだけど、彼氏、いる?」 「今は、いないですね…」 「まりのちゃん、私、まりのちゃんのことが好きなんですよ。まりのちゃんは私のこと、どう思っていますか?」  まさかの告白に、一瞬で酔いが覚めてしまったけど、まだ酔っているような感じで話をした。 「うーん、私、Aさんのこと、良い先輩としか思ってなくて…ごめんなさい」 「…わかりました…ごめんね、突然、変なこと言って…じゃ…」  Aさんは、静かに立ち去ってしまって、一人残されてしばらく考え込んでいた。その時は本当に、Aさんを良い先輩としか見ていなくて、まさか、私を好きになってくれているなんて、思ってもみなかった。もちろん、嫌いではなかったけど、前の二人の彼ですっかり懲りたから、中途半端な好きで付き合っちゃいけない、と思っていた。  その後、合宿から帰ってからも、Aさんは変わらず優しく接してくれた。サークル内のちょっとした発表で困っていると、必ず手を差し伸べてくれたし、いつも見守ってくれていた。そのうちにまた告白されたけど、また断ってしまった。前よりは意識はしていたけど、それでもまだ、付き合っていい好きじゃない気がしたから。  そんな時、Aさんは翌年度の渉外を担当することになり、大学や関係先との折衝に行かなければならないことになった。今年度の担当の先輩方に厳しく指導を受けているAさんを見るにつけ、私にできることはないだろうか、そういう風に思うようになっていった。  私は、疲れたような表情で部室の外のベンチに座っていたAさんに声をかけた。 「Aさん、大変そうですね…私にお手伝いできること、ありますか…?」 「まりのちゃん、ありがとう。心配かけてますね。えーっと…もしよかったら、ハンカチをくれませんか?私、汗かきだから、今度折衝に行くときに持っていきたいんです。まりのちゃんからもらったハンカチがあれば、頑張れそうな気がします」 「わかりました、ハンカチですね」  その頃の私は、自分の通学定期代とお小遣いとを自らのアルバイト代でねん出していたのだが、その月は、アルバイトの回数が少なくて少しピンチだったけど、Aさんのために、とハンカチを買って用意して、当日渡そうと思っていた。  でも、その当日、どうしても勇気が出なくて、なかなかAさんに渡すことができず、部室の周りをウロウロしていたら、サークルの同期の中で一番仲のいい友達が私に声をかけてきた。 「まりのちゃん、どうしたの?」 「うん、Aさんにハンカチほしいって言われて…今日渡そうと思ったんだけど、勇気が出なくって…」 「分かった、私がAさんを呼んでくるから。そしたら、渡せるでしょ?」 「…ありがとう」  しばらくして、友達がAさんを呼んできてくれた。さりげなくその場を離れてくれた瞬間に、なんとか渡すことができた。その時のAさんの嬉しそうな顔は、何十年とたった今でも鮮やかに思い出すことができる。  折衝は上手くいったらしく、その後、Aさんがお礼をしたいからと買い物に誘ってくれた。何かをプレゼントしたい、と言われても、特にほしいものがなくて困っていたら、天体観測の時に使って、と手袋をもらった。  買い物の帰り道、途中の駅まで送ってくれたAさんに、思い切って尋ねてみた。 「Aさん、私のこと、どう思っていますか…?」 「合宿の夜と同じくらい…もっとかな…まりのちゃんのことが好きです」  そういって笑ったAさんの顔を見て、胸が締め付けられた。ひょっとして、これが恋?きっとそうだ。その時の私は、そう思った。 「私も、同じ気持ちです…」  こうして、Aさんと私の運命の歯車が動き始めたのだった。
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