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#13 変化
Aさんとは、空き時間に近くの公園で話したり、サークル活動もアルバイトもない日に、二人で川べりを歩いたりするデートがほとんどだった。二人ともあんまりお金がない時には、ひとつのお弁当を分けあって食べたこともあったけど、とにかくAさんと一緒にいられるだけで幸せだった。
何事においても、ちゃんと対等に真正面から受けてたってくれて、それでいて常に優しく見守ってもらえるのが、とても嬉しかった。大切に扱われるということが、こんなに幸せなのだと初めて知った。今まで大切に扱われた記憶がなかったから。
Aさんもまた、手すら繋ぐのを躊躇うような人だった。前の彼もそういう人だったから、そんなものだろうと思っていたので、そんなに違和感を持つことはなかった。
一方そのころ、姉が結婚する運びとなり、我が家は荒れに荒れていた。父も母も姉の結婚相手が気に入らず、姉はとことん困らされていたのだが、どうにか結婚にこぎつけたのだった。きっと、姉は早く家から逃げ出したい一心だったんだろうと思う。それは、今までの経緯を考えても無理のないことだった。でも、私にとっては、唯一私を気にかけてくれる姉の結婚は喜ばしい反面、今後、家でのことを考えると暗澹たる思いだった。実際、母の束縛は激しくなり、サークル活動で遅くなると、毎日飲みに歩く自分のことは棚に上げて、きつく怒られた。それでも、Aさんの存在が心の支えとなって、昔よりなんとも思わなくなっていた。
姉の結婚を経て、私は、より外に救いを求めることになった。結婚という事象に影響されたのかどうかはわからないが、Aさんの人となりと見返りを求められない愛の存在を知るにつれ、Aさんには自分の心を預けられる、信頼に足る人だと思えるようになっていった。そして、Aさんは、いつの間にか私のことを「まりの」と呼ぶようになり、私もAさんのことを名前をもじった呼び名で呼ぶようになった。実は親にもちゃん付けで呼ばれていて、名前で呼んでくれるのは、Aさんが初めてだった。
やがて、私の心の変化を読み取るかのように、Aさんは私を求めてくるようになり、私もそれを受け入れた。信頼できる人が側にいてくれるということが、どれほど心を暖かく、強くしてくれるのかを知って、少しずつAさんとの未来、つまり、結婚を意識するようになっていったのだった。
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