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#01 産みの母、育ての母
私は、母に心から笑いかけられたという記憶がない。私の記憶の中の母は、いつもしかめっ面か、怒っているか、泣いているか。例え笑っていても、嘲笑か、私以外のものに向けてだった。
もちろん記憶にはないことではあるのだが、私が生まれた頃、母は体調を著しく崩していて、私は特に血縁関係もない近所のおばさんに育てられたそうだ。育てられた、といっても、夜は家で眠っていたらしいが、とにかく起きている間はずっとそのおばさんのもとにいたのだそうだ。そのおばさんは非常におおらかに、私を育ててくれたらしい。
私が二歳半ぐらいの頃、公団から近くのマンションへと引っ越して、その後、そのおばさんの一家がおじさんの転勤で引っ越していってしまった。その時の私は、世界が終わるのかというほど泣いた、と、母はいっていたけれど、実質、私はその時に育ての母を喪ったのかもしれない。実際、夕方の公園でボーッとしていた記憶があるが、この頃のことかどうかは、定かではない。
おばさんが引っ越していった頃と同じか少し前ぐらいに、バスマットで足を滑らせ、新しい家の風呂場の敷居で頭を打ったという記憶があるのだが、その時も、母は、どうしてもっと注意深くしないのか、と私に怒鳴った。
とにかく、何をいっても、何をしても不機嫌な母が怖くて嫌いだった。幼稚園の先生に、母が怖い、叱られる、と大泣きして訴えたこともあったが、外面が良くて、PTAの役員などを務めた母への信頼は相当厚く、私の訴えが聞き入れられることはなかった。
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