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※後編
8月12日の夜。
「このガキ……神父に色目を使いやがって……! 罰あたりめ……」
旅籠の主人は、剛健な巨躯の下に息子を二つ折りに組みしだいて、
「若い男と村を出て行った、アバズレの母親にソックリだ!! 脳なしのクセに、体だけは一人前に色気づいて……」
下卑た声を荒げながら、しなやかな白い裸体に、酒臭い舌を這わす。
「う……ぅぅ……っ」
少年は、切れの長い黒曜石の双眸を切なそうにギュッと閉じたまま、毎夜のように繰り返されても、いっこうに嫌悪を隠しきれない嗚咽を、噛みしめた唇の端に漏らした。
地下のワイン貯蔵庫の、冷たく湿った石畳の上に、すべらかな背中を押し付けられて……
陶磁のような肌に、汚れた所有印が、いくつも重ねられる。
ピチャピチャと淫猥な音を響かせて、かたいヒゲに覆われた分厚い唇は、忌まわしい夜毎の儀式を重ねるごと、いっそう瑞々しく艶やかに官能のヴェールをまとっていく妖艶な肢体に、狂ったように溺れて、貪っていく。
「いいか、アル? テメエは、オレのモノなんだ……」
全身を暴れる劣情を御しがたく、ハァハァと熱病のように、厚い胸板を激しく上下させながら。
男は、少年の片脚を無造作に上に引っぱり上げて、上下に大きく開かれた股の間に顔を埋める。
「ひ……ぐ……ぅぅ……っ!」
少年は、ゴツゴツした石の床に、荒れた細い指先を立てて、苦痛にうめく。
不快と恐怖しか感じられない、おぞましい陵辱。
極上の生肉を前にした飢えたケダモノそのものの浅ましさで、男は、いっぱいに広げた口から大きな舌をビラビラとはみ出させて、少年の未成熟なピンク色の芯を小さな房と一緒に下肢の付け根まで丸ごと頬張る。
グチャグチャと口中に嬲りまわして、吸い付いて、柔らかな太股までを唾液で濡れそぼらせて。
節くれ立った太い指で、ビチャビチャに湿らせた下肢の付け根を揉みしだいた後、白桃のような双丘を撫で回す。
「……っ」
次の行為を予感して、少年は、全身をこわばらせる。
唾液にまみれた粗野な指は、双丘の谷間を探り、いたいけな蕾に突き当たると、躊躇なく中に押し入る。
「ひ……っ……ぐぅ……」
少年は、ビクリと背中をのけ反らせて、美しい双眸を見開く。
指は、あわただしく入り口をほぐしたかと思うと、さらに二本の指を引き連れて、まとめて奥に差し入れられる。
「……っっ」
声にならない叫びが、少年のノド元にせり上がる。
萎縮したままの突起を口中に味わったまま、男は、少年の奥でバラバラに指を蠢かし強引になだめていたが、やがて、びしょ濡れの股間から頭を離して、少年の体を裏返しにした。
震えおののく裸身の中をかき回す三本の指は、今度は、蕾の入り口から奥を、執拗に出し入れし始めた。
「ひぃ……んっ……ひ……ぁあ……んあっ」
太い指に絡まっていた唾液で蕾はねっとりと粘つき、タングステンのほのかな暖色の明かりの下に、いやらしく光り、クチュクチュと猥褻な水音をしたたらせた。
男は、空いた手で自分のチノパンのベルトを寛げて、ジッパーを下ろし、怒張したグロテスクな雄をあらわにした。
敷石の継ぎ目にしがみついた少年の手を乱暴に引っぱり、砂に汚れた白い手を、そのまま自分の劣情に招く。
「さあ、アル……テメエの大好きな"風船"だぜ。上手にサスって、パンパンにふくらませないと、気持ちよくしてもらえねえぞ!」
下卑た嘲笑。
逆らえば、容赦なく殴られる……それを、身にしみて知り尽くしている少年は、黙って父親のそれを握りしめ、ゆるやかに扱く。
息子への野蛮な姦淫とはうらはらに、父親自身は、繊細な愛撫を好んだ。
旅籠の雑事に荒れて汚れた少年の手は、それでも、白く綺麗な輪郭を保っている。
その手に緩慢に包み込まれて、オズオズとした心もとない仕種で扱き上げられるのは、父親の嗜虐的な倒錯への愉悦を増長させるのに、なによりも効果的だった。
「いいぞ……アル……こんなに硬くなった……早く咥え込みてぇだろ?」
ふやけて白くなった指を蕾から引き抜きざま、代わりに、張り詰めた楔を打ち込む。
「ヒ……ヤ……アアアアアアアッッ!!!」
少年は、湿った地下室に、金切り声を響かせた。
何度、繰り返されようとも、その圧倒的な衝撃と圧迫感の苦痛には慣れることが出来なかった。
「たまらねぇよ、オマエのケツは……ガッチリ喰らいついてきやがる……」
野蛮な雄は、懸命に締め上げて拒もうとされるのをかえって悦び、いっそう強引に奥まで引き裂く。
「オマエはオレのモノだ……アル……」
「ヒ……ヒイイッ……ッ……ンァァ……ッ」
「このスケベなケツも、オレだけのモノだ……なあ?」
二つに折り曲げたしなやかな肢体を、浅黒く太い両腕に、背中から抱き起こすと、石畳に尻をついて座り込んだ自分の股間の上に、その腰を落下させて、真下から突き上げる。
「ハアアアアッ! ヒア……ッ……クウ……ッンン」
少年は、父親の巨躯に腰を貫かれ、奥深くを繋ぎとめられたまま、柔軟な上体を縦横に反らせて身もだえた。
汗ばんだ白い頬に、つややかな黒髪が数条まとわりつく。
紫がかった黒曜石の双眸は、うつろに揺らめき……
どんなに弄られても萎縮していたままだった可憐なピンク色の雄が、しっとりと熱をはらんで、震えながら隆起を見せていた。
「アル……アル……なんて淫乱だ、テメエは……!」
父親は、下卑た声で満足そうにささやき、後ろからまわした指先で少年の胸の飾りをつまんであおりながら、
「テメエの親父にケツの穴をいじくりまわされて、そんなに気持ちがいいのか?デカいのをぶち込まれて、おっ立ててるのか? 根っからの色狂いだぜ」
ザラザラしたヒゲですべらかな頬をいたぶり、強引な姿勢で唇を引き寄せ、ベロベロと舌を出して舐め回す。
なめらかな唇を割って、甘やかな舌をも吸い取り……
激しく突き上げ、奥の奥まで犯しながら。
「……オレのモノだ……オマエだけは、一生、離さねえ……絶対に逃がさねえぞ……!」
まるで快楽の泉のように、とめどない愉悦を引きずり出そうとする蠱惑的な少年の全てを、残らず貪ろうとするように、抱きしめ、吸い寄せ、貫き、弄り、嬲り、揉みし抱き……
……狂乱の陶酔は、深夜に及び、やがて、時が、新たな日付を刻む瞬間……
天井の上……階上のロビーにある振り子時計が、
ポーン……と、柔らかな時の音を告げるのが、ヤケに遠くに感じられた。
8月13日・金曜日……
少年は、父親の膝の上で後ろから抱きすくめられて、奥を穿たれたまま、勝手に下肢に込み上げて来る生理的な劣情の疼きに吐き気すら覚えながら、震えるまなざしを、朦朧と壁に向けていた。
古びたレンガ造りの壁……
優しく美しく……夢見がちだった母親が、ある日、突然に姿を消してから、父親は、少年をカビ臭いワイン貯蔵庫に連れ込んでは、忌まわしい背徳の姦淫で、少年を穢すようになった。
そして、その夜から……
その地下室の奥のレンガの壁に、どす黒いシミが浮き出し始めた。
毎晩、毎晩……夜毎に少年が犯されるたびに、壁面の中央にポツンと豆粒のように浮き出していたシミは、大きくなり……
この、運命の夜。
少年は、巨大な黒い影に成長したそのシミが、懐かしい面影を描き出していることに、ついに気付いた。
「お……お母さん……っ」
あの夜から、一度も言葉を発することをやめていた薄朱色の艶やかな唇が、再び発したのは……
やるせない愛慕の情から溢れだした、"魔法の呪文"。
閉ざされた闇をこじ開ける、マジックワード……
……イナヅマのような閃光が、突然に、壁面を覆った。
「ヒ……ッ!!」
ギョッとなった父親は、まばゆい光に顔をそむけながら、少年の裸体を前に突き放し、あわてて立ち上がった。
レンガ造りの……とりわけ頑丈に漆喰で塗り固めたはずの……壁面の中央が、異様な黒いシミの輪郭に合わせて、ガラガラと外側に崩れだす。
すると、ポッカリと中に空いたわずかな空洞から、埃と蜘蛛の巣にまみれた白い塊がガシャリと飛び出してきた。
父親は、無様に巨体をよろめかせて、ワイン棚につまづき、とびきりのブルゴーニュのボトルを床に落として散乱させながら、こぼれたワインの上に、はだけたままの尻を打ちつけて、
「オクタヴィア……ッ!」
白骨化した屍を、妻の名前で、呼んだ。
あの日……美しい妻は、夫の下で豊満な裸身をよじらせながら、歓喜に震える声で、見知らぬ男の名前を叫んだ。
逆上した夫は、妻の細い首を締め上げて、気付いたときには、冷たくなった妻の中に、何度も劣情を吐き出していたのだ。
ワイン貯蔵庫の壁に死体を隠して、何食わぬ顔で過ごしてきた。
はからずも妻の忘れ形見となった息子は、自分とはかけ離れた貴族的な美しい容姿をさらしている。
もはや、それが自分の実子であるとは、とうてい信じられようもなく。
妻の死骸を隠した壁の前で、少年を犯すことは、未知の"間男"に対する不毛な復讐でもあった。
戦慄して身をすくませる男の前で、つややかな長い黒髪を頭骨にへばりつかせた女の骸骨は、生きた人間にはありえないギクシャクとしたデタラメな関節の動きを軋ませながら、たどたどしいしぐさで立ち上がった。
『ル……イス……』
声帯を持たないはずのシャレコウベの、綺麗な歯並びを残した下あごがぎこちなく上下して、かぼそい女の声を発した。
それは、あの夜、夫を逆上させた名前……
しかし、それは、夢見がちな妄想家の娘の夢の中にだけ訪れていた、空想の貴公子であったのに。
妻の貞節を知るすべは、もう、夫には、なかったし、その時間も残されてはいない。
ユラリと立ち上がった少年は、蠱惑的な裸身に凄艶な妖気をまとっていた。
「逃げないでよ……お父さん」
少し鼻にかかった低い声は、妖しく開花した美貌のままに、なまめかしかった。
散乱したワインボトルの割れた破片の上にしどけなくズボンをずり下ろしたままの下肢を後ずさり、浅黒い尻に血をにじませながら、それすらも気付かずに怯えている哀れな男。
その前にふわりとしゃがみ込み、少年は、男の股間に唇を付ける。
「ア、ア、アル……っ!?」
男は、歯の根が音をたてるほどにガクガク震えながら、困惑した悲鳴をあげる。
「ウ……ッウ……ゥ!」
少年の口淫は巧妙で……恐怖の極みにすら、男の雄をそそり立たせる。
だが、男の視界には、両手を前に掲げてゆっくりとにじり寄る、女の骸骨……
「ヒイイイイイイイ……ッ」
戦慄と、快感……
男は、狂気の縁で、口角に涎を垂らしながら泣き叫んだ。
とたんに……下肢に、熱い衝撃が走る。
ビシャリ……と、飛沫の飛び散る音がしたと思うより先に、股間が、べったりと生温かく濡れそぼるのを感じた。
おぞましい予感に、体が凍りつく。
男は、恐る恐る自分の下半身を見下ろし、
「……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」
噴き出した鮮血が、みるみる床に血だまりを広げていく。
少年は、官能的な美貌を、ゆっくりと上げた。
口から下を、真っ赤に汚して……返り血に、胸元まで染め上げながら。
そして、おもむろに顔を横に向けると、口の中の物をペッと遠くに吐き捨てた。
グチャッ……
気味の悪い音を上げて石畳にたたきつけられた赤黒い物体は、得体の知れない生き物のようにグニャリと痙攣して、弛緩した。
それが、噛みちぎられた自分自身の男根だと気付いた瞬間には、男の巨体は、骸骨に襟首をつかまれて、崩れた壁の内側に吸い込まれて。
白く細い骨に抱きすくめられたまま、救いのないまなざしを闇にさまよわせながら、絶命した。
夜明け前には、崩れたレンガを元通りに漆喰で塗り固めて、少年は、ゆっくりと湯船で身を清めてから、いつもより入念に、手の込んだ朝食の準備を整えた。
そして、晴れやかな顔で、司祭の客間を訪れた。
司祭は、すでに清廉な黒衣に美しい肢体を包んで、彼を待っていた。
「おはようございます……」
久しぶりに清潔なシャツとズボンに着替えた少年は、妖艶な微笑みを浮かべて近付き、
「我が父、ルシファー……」
椅子に腰かけた彼の前に、スッと片膝をついて座り、高貴な白い手をうやうやしく受け取りながら、美しい指先に、唇を寄せた。
「おはよう……我が息子……」
ルイス・サイファは、もう片方の手で、少年のつややかな黒髪を優しく撫でると、清らかな声でささやいた。
「麗しき闇の王子……アルミルス……」
それは、ルイス・サイファが一介の教区司祭だった頃の出来事。
乗り合わせたバスが谷間に転落して不慮の事故死を遂げた恩師の後任に、彼が最年少の枢機卿として異例の抜擢をされる、直前の出来事だった。
END
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