中宮さんたちが天才になれる方法

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密かに憧れていた中宮さんがある日変わってしまった。 いつも笑顔で、さり気なくみんなに気遣いが出来て、可愛いものが好きで、持ち物も所謂ガーリー系で、ピンク色が好きらしく趣味はお菓子作りという王道系の女子、それが中宮さんだ。 友達思いで、彼氏とケンカした友達のために一緒に友達の彼氏のところに行って仲直りさせたというのはうちの学校のちょっとした伝説となっている。 そんな柔らかそうな見た目とは違う結構熱いハートを持っているところも彼女を好きな理由のひとつだ。 そうだ!あとひとつ忘れてはならないのが、僕が怪我をした時に彼女から絆創膏をもらったというあの恋愛イベント的な出来事。 その優しさと女子力の高さは中宮さんに憧れるキッカケになったと言っても過言ではない。 そんな…そんな“素敵女子”中宮さんが変わってしまったのだ。 最近の中宮さんと言えば、授業中も教科書の中に何か分からない本を忍ばせ他人には聞こえないくらいの音でそれを音読していたり、消しゴムに彫刻刀で何かを彫っていたり、自分の手に付けた絆創膏をずっと擦っていたりする。朝は誰よりも早く登校するようになり、なのに生気がなく魂が抜けたような瞳をしている。 友達と話していてもどこか上の空なのだ。 そんな中宮さんが今、僕の手を握っているという更に信じられない状況がここで巻き起きている。 その経緯を説明すると、学校帰りに本屋さんに寄っていた僕は忘れ物をした事に気付いた。友達の篠嶋に貰った生ワッフルをジャージのポケットに入れっぱなしにして来てしまったのだ。 引き返すのは面倒だったが、俺にとっては大事なアイテムだった。 こんな時間じゃ流石に魂で活動している運動部がグラウンドに残ってるくらいで、先生と用務員さん以外誰も校舎には居ないよな〜と思いながら教室のドアを開け電気を付けた。 「きゃ〜っ!!」 「わぁああ〜!!」 誰もいるはずのない教室から女の子の叫び声が聞こえたので、僕も驚いて声をあげてしまった。 「えっ、中宮さん?!」 「た、小鳥遊くんっ?!」 そこには、教室の窓側でロウソクを持ちながら椅子の上に立っている中宮さんがいたのだ。 「中宮さん、それ一体…」 「あ〜あとちょっとだったのにな〜残念過ぎて泣きたい。」 中宮さんはぐったりしながら床に座って顔を伏せてしまった。 「中宮さん大丈夫?!あとちょっとって?残念って何が…?てかロウソクなんか持って一体何をしてたの?僕何か悪い事しちゃった?」 「おまじない…」 「おまじない?」僕は驚いて聞き返した。 「おまじないをしてたの。消しゴムと手にルーン文字を書いて、手は絆創膏で隠すんだけどね。それから誰もいない教室で一ヶ月ロウソクを持ってその呪文を唱えるの。そうすると願いが叶うのよ。今日が…もし成功していれば最終日だったの。」 中宮さんの真剣な表情とズッコケそうな内容のギャップが凄かったが、中宮さんがこんな風になってしまった事情を聞かないとまずい気がした。 「ごめん。そこまでして叶えたい願いって?…もちろん中宮さんが話せる範囲で構わないんだけど、最近の中宮さん様子がおかしいからずっと心配してたんだ。僕で良ければ話を聞きたいと思ってる。」 「小鳥遊くん…」ありがとうと言って彼女は顔を上げた。 「私ね、天才になれるようにおまじないをかけてたの。」 「天才っ?!」 僕は驚いて夜の教室で今年一番じゃないかというくらい大きい声を出した。 「仲良しの朝日ちゃん…あ、私の従姉なんだけど十歳年下の彼氏と今年婚約して、破談になったの。や、なったって言うかしたのか。」 「えっ…それは何と声をかけてあげたら良いのか。その彼氏…推測で申し訳ないが、急にその…朝日さんの前から姿を消してしまった…とか?」 「それがずっと居たのよ!!朝日ちゃん的にはその時に姿を消してくれたらどれだけ楽だったか!」 「??」 中宮さんの予想外の回答と急展開の話に普段は冷静な僕だが、この時ばかりは動揺し混乱していた。 「学校を卒業して就職が決まった彼氏にプロポーズされてね。彼の仕事の休みに合わせるため朝日ちゃんも長年勤めていたところを退職したの。…ところが勤め出して3日目に彼氏が会社を辞めて…。」 「うおっ」 「辞めたんじゃない。行けなくなったのよ。会社に辞める連絡も出来なくてバックれてきたの。それが結構騒ぎになってね…。婚約者ってだけなのに朝日ちゃんが会社と掛け合うことになって。めちゃくちゃ大変だったらしいけど無事…もはや朝日ちゃんだけは無事ではないんだけど退職処理が出来たの。」 「なんなんだそのヘタレ男は!」 聞いているだけで情けなくて僕は今年二番目くらいの大声を出した。 「それだけじゃないのよ!その後、朝日ちゃんは前の職場に事情を話して戻ってね。朝日ちゃんの明るいキャラもあってみんな温かく迎えてくれたんだけど、彼の方がそれから何にも出来なくなっちゃってね。…朝日ちゃんが頼んだの。自分の職場の上司に「私の彼氏をバイトで雇って下さい」って。」 「うわっ!そのワードは恥ずかしい!絶対嫌だ!彼氏をバイトで雇ってくれなんて僕が女子なら耐えられないよ!」 中宮さんは涙目で話を続けた。 「朝日ちゃんのおかげでバイトが決まった彼氏だけど、職場のみんなが朝日のおかげだ、朝日がいるからって言ってくるからバイト辞めたいって言い出してね。因みにそこのバイトの採用条件も辞める時は彼女に頼まず自分で言うだったらしく、それを聞いた時最高潮に恥ずかしかったって言ってた。さすがの明るい朝日ちゃんも胃潰瘍と血尿になってオツムしながら職場に行ってたの。」 「ひ〜っ。婚約者ってか親だよなそれ。親でもそこまでしないわ…。」 中宮さんの口から聞くと思えない、ハードでなんか失礼だけどまるで漫画のような展開に返事をする事だけで精一杯だった。 「彼氏がバイトを辞めて次のバイトを見つけるのを見届けてから何とか別れたらしいんだけど。」 「つまり、離婚したって事?」 「いや、入籍はしてなかったの。婚姻届は二人で記入してたらしいんだけど役所に行くタイミングが無くて、上司に「彼氏をバイトで雇って下さい」って言った例の日の夜シュレッダーにかけたって言ってた。」 「シュレッダー!」 失礼だけれど、あまりにも強烈なワードに僕は笑ってしまった。 「その後、別れてから一ヶ月もしないうちに朝日ちゃんには8歳年下の彼氏が出来たんだけど…」 「ちょっと待った!急展開。今、ちょうど聞こうと思ってたんだ。その、朝日さんはその時のショックで恋愛が出来なくなってはいないかと心配したんだが、僕なんかの予想を遥かに越えていたよ。積んでるエンジンが違うな。それで?」 「あなた人を好きになった事あるんですか?って彼氏に言われて別れて来たらしく、この間うちに遊びに来た時ね朝日ちゃんに「私には何も特出したものがないけど、普通の幸せを手に入れる事も駄目ならもう何も無いんだ。朱音は私みたいになっちゃ駄目だよ」って言われたの。」 なんて切ない展開なんだ…そしてこれから恋や青春を楽しむであろう僕らがこの年齢で受け止め切れる話ではない。僕はその話に頷く事しか出来なかった。 「だからね私、朝日ちゃんと自分が天才になれるようにおまじないをかけてたの。何か特出した才能を得られれば朝日ちゃんも私も幸せになれるかもしれない。」 そうか中宮さんが最近暗かったのは大好きな従姉のお姉さんの重めの大人の事情に心を痛めていて、最近変な行動をしていたのは全部天才になるおまじない(しかも二人分)だったのか、と僕はようやく納得した。中宮さんはやっぱり優しいんだよな。 「でも、おまじない駄目になっちゃったな。人に見られたら駄目だから。」 中宮さんが今にも泣きそうな顔で言うので僕はとんでもなく焦った。 「わ、すまん。でもさ中宮さん。天才になるにはおまじないじゃ効かないんじゃないかな?おまじないじゃなくて…もっと現実的に違う方法を試した方が良いような…。」 「小鳥遊くん!もしかして秘策があるのね!」 「いや、あるわけじゃ無いんだけど…。」 この時、僕に全期待を向けてキラキラした眼でこっちを見る中宮さんの力になってあげなきゃいけないんじゃないかと感じたし、何しろ中宮さんが一ヶ月も信じて努力してた謎のおまじないを台無しにしたのは自分だという罪悪感もあった。 「わ、分かった!中宮さん!僕が中宮さんを…中宮さんたちを天才にする方法を考える!!」 「本当っ?小鳥遊くんありがとう嬉しい〜!」 そう言うと中宮さんはぎゅっと僕の両手を握った。 ついつい無謀な約束をしてしまった事にちょっと焦ったが、まぁでも中宮さんを、中宮さんたちを放っておけないし、この手を放してはいけない、と強く思った。 こうして僕の、いや僕らの未知なる挑戦と17歳の夏が始まったのだ。
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