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僕が次に目覚めた時にはもう空は夕日の紅で染まっていた。 部屋を染める紅を見つめる。ぞっとするほどの鮮やかさに自分まで紅く染まっているかのような錯覚に陥りそうで、緩く頭を振る。その途端かすかな頭痛に襲われ眉をしかめた。 「もうちょい寝とこうかな。ていうか千秋はまだか。まぁどうせ残業でもしてるんだろうな。なんか駄目そうだし」 ぶつぶつと呟きながら1人用の四角い机に向かう。ラップのかけられたおにぎりや玉子焼きはすでに冷たくなっている。 「相変わらずマズそう。」 働き者の母と2人で暮らす僕は、学校から帰ってからの大半を独りきりで過ごす。だからか独り言が多いようだ。バカ千秋にいつも注意される。 「早く帰らねーといろいろ漁っちゃうぞ~…」 テレビのリモコンを探しながら呟いた途端ドアノブに鍵がささる音がしてドアが開く。 「ただいま~。ってどうした」 四つん這いなってこっちを凝視する僕に驚いたらしい。こっちの方が驚いたぞ。 「心臓飛び出るかと思った。僕に謝れ。」 「その流れがわからんがとにかく嫌だね。つか飯食ってねーじゃねぇか。」 「食欲無い。」 「んな事言ってたら風邪治んねーぞ。ホラこれなら食えるだろ。いや食え。」 そう言って机の上の皿達を横にどかし、かわりにヨーグルトやみかん、スポーツドリンクなんかを音を立てて置く。食ったらこっちな、と風邪薬らしき錠剤も。 それっぽい感謝の言葉をそれとなく述べ、僕はヨーグルトをありがたく頂いた。 「可南子さんは旅行っつってたっけか。てっきりお前も行ってるもんだと思ってたわ。」 「僕も行きたかったけどさ、やっぱり紅白歌合戦が見たくて」 「……それだけ?」 「もちろん。なんで大晦日を半裸で海水浴しながら過ごすんだよ。冬はこたつにみかんだ。あ、ダメ男こたつは?」 呆れ顔でこちらを見る千秋を無視して僕はリモコン探しを再開する。 「お前…本当にアホだな。もういいや。これ食って早く家に帰れ」 「あれ。風邪ひきの少年追い出すっての。ダメ男の上に鬼畜か。血も涙もない鬼なのか」 「あー煩ぇ。俺はクリスマスと年越しをこんな糞ガキと過ごしたく無いんだよ。風邪薬やるから帰れ帰れ。」 「…母さんに言うぞ。」 千秋の動きが止まる。 「…可南子さんは関係ねぇだろ。」 「無いわけ無いだろ。風邪をひいた可愛い一人息子が真冬の寒空にアパートを追い出されてさまよったなんて聞いたらどうなるかな~。もう店に出入り禁止じゃない?」 「…毎日見舞いに行ってやる。」 「人肌恋しい季節に1人は寂しい」 「気色悪っ!お前1人の方が好きだろ絶対。」 「まぁね。ただの嫌がらせだよ。」 「…………この、糞ガキ…っっ!」 三白眼に睨みつけられながらも、僕は年末年始の世話係を見つけて満面の笑みを浮かべた。 こうして僕は母さんが帰ってくるまでの2週間、ダメ男こと千秋(チアキ)の家に居候することになった。 というか、することにした。 千秋は地方公務員のくせに、小料理屋を営む母さんの料理の腕に惚れ、仕事を辞めて弟子入りしようとした酔狂な男だ。 母さんはもちろん止めた。うちには既に3人の従業員を抱えていてこれ以上人を雇う余裕が無いことももちろんだが、せっかく安定した職に就いているのにわざわざ飲食業なんて先の見えない仕事につく事には慎重にならなければいけないと考えたらしい。僕も同感だ。世知辛い世の中をこんな甘ちゃんが渡っていけるとは思えない。それでも千秋は諦めきれずに、毎日飽きもせず小料理屋【ダイゴ】に通い続けている。 お前なぁ~。可南子さんの酢の物は芸術だぞ。あそこまで日本酒に合う小皿は食ったことねぇよ。奇跡のコラボレーションだ。コラボレーション、わかるか? 晩酌の共をさせられる僕は毎晩のように母さんの料理について信者のごとく崇め称える千秋の話を聞く。 うっとりとした顔で揚げ物の奥深さを語る千秋を見ながらぼんやりと思う。 早く告白すればいいのに… 千秋が母さんの料理だけじゃなく母さん本人にも惚れていることは誰の目にも明らかだ。 そう思うと、なんだか僕は体が鉛になったような…じわじわと首を絞められているような 変な気持ちになる
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