天の火を迎えて

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天の火を迎えて

 空気がざわめき、僕を立ち上がらせた。地上と繋がる階段広場の方が騒がしい。広場は日干し煉瓦(れんが)の壁と木の扉に閉ざされ、見張りが成年者しか立ち入らせない。なのに子どもの声も聞こえる。  不思議に思い、空き家群に隠れて近づいた僕は、はっとした。長老ほか数人の大人と、幼い子どもたちに囲まれて、腕に隼を据えたリエルがいる。腰に愛用の道具袋と、真新しい水筒を下げて。  羊の胃で作る水筒は、成人祝いの定番。つまり今日は――リエルの、そして僕の、迎火式なのだ。(こよみ)がないから忘れていた。今日から僕たちは、地上に出ることが許されるのだ。 「リエル、私も連れてって!」 「駄目。子どもが外に出るとどうなるか、教わっただろ」 「『かわいそうなルノー』のお話? あんなの作り話でしょ」 「話をよく聞かない子ね! 『ルノー』 じゃないし、作り話でもないわ。さあ、お見送りはここまで。リエル、気をつけて行ってきてね」  子守役が子どもを壁から遠ざけた。リエルは年長者に促され、木の扉を開き、階段広場へ入っていく。    僕は飛び出していって、見張りが扉を閉める寸前、広場へと滑り込んだ。咎められはしなかった。子守役には昔、リエルと二人で世話になったし、見張り番と付き添いは、リエルの父と狩りに出ていた鷹匠だ。長老も勿論(もちろん)、今日が僕の誕生日でもあると知っている。  半円形の広場の中はほかと違わず暗く、とける星だけが瞬いていた。その星明りを分けて(そび)える石の階段。リエルは最上段で、長老から何か説明を受けているようだった。横顔が期待に満ちている。    階段に足をかけるのが、一瞬躊躇(ためら)われた。過去の過ちから、地上への関心は薄れている。なのに、僕はなぜ来たのだろう。ただ成人の権利を行使したくて? 影を求めたあの日に成し得なかった、自分という存在の確認のため?    それもある。それもあるが――ああ、彼に意趣返しをしたかったのだ。「今日は僕らの(・・・)迎火式だし、外に出るときは一緒だって言ったのに」と、言ってやりたい衝動に駆られたのだ。    そんな自分に愕然とする間に、ごとんと音がした。付き添い二人の手で、重たげな石の扉が開かれようとしている。  迷ったが、行かなければと踏み出した。意趣返しなんかしたくなったのは、一緒がいいという思いに変わりがないからだ。たとえリエルはそうでなくても。    突然、隼が僕を見て甲高く鳴いた。視線を追い、リエルが振り返る。その目が相棒と同じくらい丸くなった。   「ルミノは駄目だ!」  叫びが耳に刺さると共に、白が炸裂して目と肌を焼いた。扉から、光の奔流。覚えのある痛み。咄嗟に背を向けた僕の足元は――真っ白、だった。 「戻れ、馬鹿!」  長い影が僕を包んだ。痛みが和らぐ。これも既知の感覚だ。リエルと仲違いしたあの日の……。   「今、ルミノと言ったか? リエル、出なさい。話を聞く」    長老が険しい顔でリエルを連れ出す。隼がばたばたと主の腕から飛び立った。暗がりに転がり込んだ僕のことは、誰も(かえり)みない。    それが罰だと思い込んでいた。でも違った。やっと理解した。  今の僕には影がない。皆は故意に僕を無視したのではない。ただ見えなかったのだ。  僕が過ちを犯したあの日――命を落として、帰ってきたから。  階段上に人影が戻るまで、長くかかった。長老、鷹匠たち……リエルは、いない。  もう扉から差す光の色が変わりつつあり、付添人は全員戻って来たのに。嫌な予感がした。   「本当にルミノがいるのかな」 「まさか。いるならリエルに取り憑いてるんだろ。だからあいつにだけ見える」 「何にせよ、混乱の種も、悪魔や霊の類も、町には戻せん。限られた空間だ。恐慌、病、それらが如何(いか)に猛威を振るうか、おまえたちも伝え聞いているだろう。子どもたちには、リエルの中の悪霊を(はら)うため、天の火の下に繋いだと言おう。そして――砂嵐だ。嵐が七日七晩続き、誰もリエルを解放しに行けなかった。そう説明する。しばらく狩りも取引も中止だ。今夜、成年者を集めて私から話す。扉を閉めよ」  沈痛な面持ちで、しかし決然と指示する長老の影を踏み、僕は駆け出した。
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