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上海記者倶楽部①
「鳥獣……なんだって?」
瑞垣は半分覚醒した状態で、耳が捉えた単語を繰り返した。
「鳥獣戯画、ですよ。古くは鳥羽絵、若しくはされ絵とも記録にありますが、先年、日英博覧会に際して内務省が作成した図録で『鳥獣戯画』と正式に記載されたそうです」
冷静な野々村の突っ込みに、ヤレヤレと瑞垣は長椅子から身を起こした。
上海記者倶楽部のいつもの午後である。
雨の日の気怠さに、瑞垣はいつものように長椅子に転がって昼寝を決め込み、そこに毎朝新聞の野々村がいつものように茶飲み話を持って来た。
「たしか……こう、蛙と兎が相撲をとる」
と続けると、其れです、と彼は頷いた。
「しかも墨一色の白描画、詞書きも無く、絵巻物としては異例ですね」
「幾つか巻があったか、甲乙、丙……」
「丁、全四巻ですねえ、最後の丁が人物画中心だとか。一応、国宝としては紙本水墨戯画と登記されてるそうですがねえ」
割り込んできた声に、瑞垣は顔を顰めた。
「……塩塚」
落雷事故の取材は終わったのかい? という野々村の問いに、おかげさんで順調に、と上海日日新聞の塩塚は眼鏡を直しながらへらりと応えた。
それから、
「戻る途中に月餅もらいましてね、いかがです?」
というので、茶でもいれますかと野々村が応えて、瑞垣もようよう長椅子に座り直したのだった。
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