上海記者倶楽部①

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「美味いな。何処の茶や?」 「緑牡丹だそうです、村田支局長からの差入れで」 「さすが、モノがいいですねえ」  茶で身代を潰す、というのはこの国では比喩でも何でも無い。通人なら季節ごと産地ごとに取り揃え、惜しまず金を使う。其れこそ、阿片より高価な茶葉とてある。何事も過ぎれば毒だ。のまれた幾人もの亡者が地獄の門を叩き、大英帝国はその片棒を担いでいる。  とはいえ、そんな高級品も記者倶楽部の片隅で適当に煎れられている。座卓に広げられた資料の片隅には、ひっくり返る兎と気を吐く蛙が描かれていた。以前、帝都で鳥獣戯画の本物を見たという塩塚の落書きである。 「たしか、後白河の頃か? 絵巻物と云えば」 「正確なところはどうも……そもそも、数百年にわたって書き継がれたという説が有力らしいですよ」  皆で顔をつきあわせ、年表や歴史書の概説をばたばたとめくり、月餅と煎った大豆と干したサンザシの実が皿から減っていく。 「元は鳥羽僧正覚猷(とばそうじょうかくゆう)作とも云われてましたが、結局、作者は不詳、恐らく複数人。筆遣いが違うらしいですわ」 「朝廷の御用絵師たちの合作、というのが最近の説ですね。現存する最も古い甲巻については、平安末期から鎌倉にかけて描かれたとされています。それなら後白河法皇でしょうが」 「成り立ちも記録も曖昧……あんな白描画の洒落絵が800年も残ってるんが奇跡やな」  瑞垣の呟きに、まあそうですね、と二人は頷く。  作者や成立の過程が不明で、落款や署名はもちろん、奥書も箱書きもない白描画の一群が、応仁の乱を始めとする京都の騒乱の中で保存されていたのは、まさに奇跡としか言い様が無い。  ただ、朝廷でも相当に重要な宝物として扱われてはいたらしく、江戸初期に大規模な修理が行われている。徳川秀忠の五女、後水尾天皇の女御として入内した東福門院和子による。これは後水尾院と東福門院が叡覧されたあと修理の運びとなったと記録にあり、そこが近世の鳥獣戯画の出発点で、そこで現在の形に整えられたという。 「徳川には煮え湯を飲まされた後水尾帝も、女御とは仲睦まじくあらせられたようですが」 「二男五女か? 作りすぎや」 「まあまあ。ま、その女御様になんとか救ってもらって今に至ると。なんせ、国宝、ですからねえ」 「今はお国の管轄かもしれんが、元は京都の、山奥の……なんとかいう寺の所蔵なんやろ」 「高山寺ですねえ」  あの割り印が有名でしてね、と言いながら、塩塚は落書きに『高山寺』の印を書き足した。それを横目で見ていた野々村が、 「お二人は『断簡』というのはご存じですか?」  と問うた。 「だんかん?」  瑞垣が復唱したあと、少し首を捻っていた塩塚が、あっと手を叩いた。 「あの、本体から抜け落ちたっていう部分絵のことですか?」 「そうです」  野々村は塩塚の手元にあったくず紙に『断簡』の文字を書き付ける。 「巻物の形になる以前に、抜き取りや散逸があったらしいんですよ」 「本来、絵巻物の一部だったものが切り離された……ちゃうな、そもそも巻物の形になる前に分割されてしまったもの、ということか?」 「ええ。そもそも、その手の事故を防ぐための『高山寺』印だそうです」 「嗚呼」  瑞垣と塩塚は思わず嘆息する。  文化財は戦乱や世情の荒廃に弱い。其れこそ守り手が居なければ、あっという間に紛失や盗難に遭う。それが逆説的に、鳥獣戯画の持ち主が非常に高貴な身分であった可能性を示唆していた。それでも朝廷かその付近にあったということは、応仁の乱であれば渦中のど真ん中だ。その間に失われた、散逸した絵は幾つあるだろう。その掛け替えのなさに溜息を吐く他ない。  残っているものの殆どは、例の蛙と兎と、彼のあたりの場面なんです、と野々村の静かな声が響く。 「あとは現存しているのは丙巻の一枚となってますが、やはり圧倒的に甲巻が多いんですね」  確かにあれらの絵に人気が集中するのは解る。  擬人化、というより文化の模倣そのものだろう。あの戯画は、平安時代の行事や生活、日常をモティーフとしているのに、人間ではなく蛙や兎、猿といった人で無いものが『演じて』いる錯覚をもたらす。フィクションとノンフィクションの奇跡のような融合である。其れが逆に『人ならではのこと』を鮮やかに浮かび上がらせるのだろう。 「その断簡には明らかに、今の絵巻と繋がる場面もあるようで」 「絵以外にも、紙や筆遣い……つなぎ合わせてみればわかるわけか」 「其の通り。そして、本来の姿の更なる手掛かりが『模本』です」 「もほん……写し、ということですか?」  首を傾げる塩塚に、野々村は浅く頷く。 「これだけの歴史を経た絵巻ですから、過去の絵師たちも研究のために写した記録があります。有名なのは江戸幕府の御用絵師、住吉家に伝わる模本ですね。其れ以外にも、著名な絵師の手習いのような模本もあります。なんせ特徴的な絵ですからね、見れば其れと解る」 「元々、御用絵師の作であれば、修練の課題になるかも知れませんねえ」 「だろうな。それなら……本物が見られる機会があれば写すやろな。多少の無理をしても。もし腕に覚えがあるなら……五巻目を自分で描くくらいの野望はあるかもしらん」  其れだけの価値はある。  そこで、野々村が実はここからが本題です、と厳かに告げる。
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