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魔都
上海は、史上稀に見る奇態な街だった。
アヘン戦争終結後、南京条約によって列強に開かれた街には、見る間に各国の租界が形成された。租界、つまり外国人居留地には治外法権が認められ、欧米の膨大な資本が注ぎ込まれて肥大化していく。
まずはアヘン戦争に勝利した英国、続いて亜米利加・仏蘭西の租界を中心に発展し、更には清国の崩壊や露西亜革命を経て、露西亜、独逸、伊太利亜、そして日本から続々と外国人が流入した。
また西洋と東洋の文化が混じり合い、一種独特な社会が生まれる。近代的で煌びやかなビル群、南京路には路面電車、人力車が行き交い、自動車さえも珍しいものではない。一方、アヘンを始めとする麻薬は日常と化し、酒場やカジノ、妓楼も立ち並ぶ。
だのに治安は比較的安定し、人々の自由は保障されており、街には人が溢れた。
その繁栄ぶりは「東洋の巴里」と称されていたが、僅かの間に築かれた異形の街である。何れにせよその地位は謀略と暴力によってもたらされたもので、砂上の楼閣だった。
危うい足下と反比例するように、この街は隆盛を極めた。
自由の気風が何より重んじられ、個人が己の才覚で生き抜く街。
そうして、上海はある種の畏怖を込めて『魔都』と呼ばれていた。
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