“ひたち”という名の“みこ”が、いた

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「御身が穢れ、この身にて浄化し奉る……」 細いその身体を寝台に押し付けた時、小さな声で告げられた。 「なに?」 「積もった欲は穢れなりけり。解き放つ穢れをこの身に承り、浄化いたし候」 寝台の上に広がった髪。 老人のような、元から色のないのが恐ろしい色だと、老師たちがその姿を目にするたびに魔除けの印を結ぶ色。 けれど艶やかで美しい髪。 「違う、儀式じゃない……」 「ダメ。言わせて」 「あいつらと同じにしないでくれ。儀式じゃない、あなたを欲のはけ口にしているわけでは……」 「……それでも。言わせて。お願い」 赤い目が涙を浮かべてひたとこちらに留められる。 白くて細い身体が、震える。 そっと指で頬を撫でられた。 「御身が穢れ、この身にて浄化し奉る……」 白い髪、白い肌、赤い瞳。 元から色を持たない異形の人。 「積もった欲は穢れなりけり。解き放つ穢れをこの身に承り、浄化いたし候」 「どうして……」 「あなた様を、思うております……」 一層細く、囁くよりも小さな声で、告げられた。 「みこさまを、お慕いしております」 “みこ”は、あなただ。 あなたなのに……!! その身体を抱きしめる。 慣れた手つきで衣をはぎ取られて、眉間に皺がよる。 ためらうように止まった手を取って、口付けた。 「今、自分に力がないのが悔しい」 「では、力をつけてくださいませ。穢れを落としたなら、あなたは何者にも負けぬほど、神に愛された尊い身……」 睦ごとは、耳をすませなければ聞き落としてしまいそうなほど小さな声なのに、“みこ”としての声は細くともよく通る。 まるで誰かに聞かせようとしているかのようだ。 「抱いてくださりませ……御身の穢れを、どうぞこの身に……」 「みこさま……」 「みこさま。どうぞこの身を、あなたの好きにしてくださりませ……」 白いその肌に指を這わせる。 衣でも髪でも隠せないところに口づけ、淡い華を咲かせる。 胸にある淡い色の蕾は、触る前から凝っている。 行為に慣れきった身体。 舌で表面を撫で、指で摘み、やわやわと歯をたてる。 仰向けのままできるだけ反応をしないようにしているのが、歯がゆい。 部屋に準備されていた膏薬を、当然のように渡されるのが、悲しい。 息は荒くなっていくのに、声は零れてこない。 気持ちはささくれ立っていくのに。 自分の行いがあなたのこの身体を熱くさせていると思うと、優しくしてやりたいとも思う。 己の指に膏薬をとり、普段は誰も触れることのない場所へと塗りこめる。 衣擦れの音と互いの呼吸音。 聞こえるのはそれだけ。 しつこいほどに胸の蕾を愛で、最奥に膏薬を塗りこんだ。 差し込んだ指がゆるゆると自由に動かせるようになって、そこに熱源を埋め込む。 『積もった欲は穢れなりけり。解き放つ穢れをこの身に承り、浄化いたし候』 この身に籠った熱は、あなたのためのものなのに、あなたはそれを穢れと呼ぶのか。 あなたを思っての熱なのに。 「あっあ…あ…あ…あっあ…」 奥を突くように腰を動かすと、反射で声が上がった。 感じているらしいのに、感極まった声が聞こえない。 人形のように与えられるものへの反応だけしか、見せない。 それでも、アツくなるのだ。 この気持ちはあなたへのもの。 あなたを思ってのもの。 やっとこの腕の中にあなたを抱くことができたのに、どうして冷めてなどいられようか。 ムキになって腰を揺らす私の頬を、細い指が撫でる。 「あ……ああ、あ……」 「みこさま……みこさま……っく……」 何度熱を最奥へ放っただろう。 行為は飽くことなどなく続けられ、すでに日は陰った。 続けようと思うなら、まだ続けることができる。 けれどそれはこちらの事情で、あなたを思えばはばかられること。 打ち込んでいた楔を抜き去り、繋がりを解く。 くたりと力の抜けた身体が、寝台の上にうつぶせる。 その身体を、そっと腕の中へ収めた。 「大事ないですか?」 「……慣れておりますから」 身体をつなげたのに、一線を引いたようなつれない言葉に、遣る瀬無くなる。 「みこさま……ひたち…愛して」 「穢れを落としたならば、しばしのお別れです」 私の言葉を遮るように、静かな声で、けれどきっぱりと。 腕の中から声がする。 「何故?」 「お解りなのでしょう? ……みこさま、あなたはこの国を背負い立つお方」 「それならあなただって」 「わたしは、“不浄の子”です」 「それでも、あなただって父王さまのお子だ……兄上!」 「正妃さまのお子でいらっしゃる、あなたと同じではないのですよ」 「……兄上……ひたち」 「本当は、わかっているのでしょう? ひたち?」 ああ。 ああ、わかっているさ。 わかっていたとも。 同じように“みこ”と呼ばれ、同じ音の名を持つこの人は。 同じ父を持つ、兄だ。 父が姉である巫女姫に手をつけて、産ませた兄だ。 同父母の姉弟が両親の、異形の人。 “不浄の巫子”と呼ばれ、神職の穢れをこうして身体を重ねることで一身に集める人。 同じ“ひたち”の音をもつわたしの、兄。 兄は“不浄の巫子”月出。 わたしは“日嗣の御子”日立。 幼いころにこの館の建つ庭に迷い込んだ。 ちょうど、ひたちが老師の穢れを身に受けている時だった。 それから何度かここに忍び込んで、知った。 行為の意味を。 その存在を。 それでも魅かれたのだ。 知っていてなお、魅かれた。 ひたちを、この手にと望んだ。 ひたちを望むことが禁忌だと知ったのは、ごく最近のこと。 精進潔斎を守らねばならない、神殿の巫子だということはもちろんだった。 互いに男であるということもある。 しかしそれ以上に。 王家の血は濃すぎて。 こうして父王もわたしも、血縁に引かれてしまうが故に、濃すぎて子孫が残らないのだ。 だから、片親が同じ兄弟でさえも、男女かかわらず、思いを通わせることは禁忌とされている。 それでも、お互いに望んでしまった。 せめて一度でもいい、熱を分け合いたいと。 「御身が穢れ、この身にて浄化し奉る」 あれほどわたしが嫌がっても、ひたちが頑なに口にした言葉。 これは熱を分け合う行為ではないと。 睦みあっているわけではないと、誰かに知らしめるための言葉。 ただ、穢れを巫子に移す行為をしただけだと、言い聞かせるための。 身体を重ねることで、危うくなるわたしを守るための言葉。 「ひたち……お慕いしています。どうか、立派な国王となってください」 「ひたち……兄上……」 「そしていつの日か、あなたが力をつけたなら、わたしの願いを……わがままを、きいてください」 「必ず……お約束いたします」 寝台の外には決して聞こえない声で、ひたちが望みを口にする。 それは遠い先の、いつかの約束。 「常世へ下ったその時は、きっと離れずに……いつまでもどこまでも、あなたの……日立のおそばに、おいてください」 国王となって早、数十年。 「月出……あなたの望み通り、約束を果たしに来ましたよ」 あなたの言葉通り、誰にも負けぬほどの力を身につけました。 あなたは早くに儚くなって、この姿を見せることはかなわなかったけれど。 もう、誰にも邪魔はさせません。 “不浄の巫子”はその身に受けた不浄故に、死後身体を木乃伊とされて、土に還ることはかなわない。 神殿の奥深く、大切に安置されていることだけが、救い。 義務のように設けた我が子に地位を譲渡し、すべての手続きを終えた足で、あなたの身体を迎えに行く。 あれほど美しかった髪は艶を失い、年老いた私以上に干からびて固くなったその頬をなでる。 「迎えに来ました……兄上」 水分を失い軽くなった体は、衝撃で折れてしまう恐れがある。 細心の注意を払って抱き上げ、王の墓所へと向かう。 あなたの身体がこのまま土に還らず、わたしの身体が朽ち果ててしまうとしても。 それでも。 共に在りましょう。 人の世で禁忌とされたとしても、常世ではそうではありますまい。 在位最後の命として、自分の墓所を作らせた。 この年寄りがあなたの魂に追いつくのに、そうそう時間はかからない。 何を確認したくとも、ひと月は墓所の扉を閉ざすように命じておいた。 これからは二人だけで過ごせるのだ。 冷たく暗い、固い寝所へ、あなたと共に入る。 あなたの身体を抱いて、わたしは眠りにつきましょう。 <END>
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