8:神と人の恋 (番外編、終わり)

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8:神と人の恋 (番外編、終わり)

「さっきの光はいったい……?」  地面にへたりこんだままで、雲嵐はつぶやく。そこで、つま先に落ちている松かさに気づいて拾い上げた。 「これはまさか……」  バッと顔を上げ、周りを見回す。 「松伯? 松伯、いるのか?」  碧玉は雲嵐のほうを振り返る。 「いきなり騒ぎだしてどうした?」 「雲嵐殿、怪我はないか」  天祐が雲嵐のもとへ歩み寄りながら問う。雲嵐は丁寧に頭を下げる。 「ええ、おかげ様で……。助けてくださり、ありがとうございました」 「いや、お前を助けたのは俺じゃない。松伯様だ」  天祐は小川の向こうを見た。松伯が小川の淵ぎりぎりに立ち、雲嵐の様子をうかがっている。 (やはり、そこが村の守りの範囲なのだな)  松伯がどこかじれったそうにしているのを見て、碧玉は自分の推測が合っていると確信した。 「松笠を投げて、攻撃を防いだのだ。ここからでは、これくらいしかできない」  松伯はため息交じりに打ち明ける。 「松伯はどちらに?」 「あの小川の向こうだ」  雲嵐は立ち上がり、小川の向こうを見て、首を横に振る。 「私には見えません。松伯、そこにいるのなら聞いてほしい。助けてくれてありがとう」 「雲嵐……」  松伯は雲嵐のほうに手を伸ばしたものの、ゆっくりと下ろす。  雲嵐のほうは、寂しそうに微笑んだ。 「やはり、そうなんですね。私の住まいがあるのは、村の外ではないかと推測していたのです。祖父は私が勝手に死ぬのを望んでいるのでしょう」 「霊力が無くなっただけで、子孫を遠回しに死に追いやるのか? 食料不足であるようには見えぬが」  碧玉にはよく分からず、眉をひそめる。飢饉ならばそういった差別が横行するのは分かるが、この村は田舎ではあるものの、実り豊かだ。これまでの納税でも問題が起きたことはない。 「神と親密になることを、祖父は喜んでおりませんでした。友愛でしたなら、歓迎したでしょう。しかし、私達は……」 「まさか、恋仲なんですか?」  思わずという様子で、灰炎が口を挟んだ。雲嵐は苦笑する。 「はは。そうですね。子どものままごとのようなものでしたが……私は真剣でしたよ。しかし、姿が見えなくなってはどうしようもありません」  碧玉は松伯のほうを見た。松伯はムッと眉を吊り上げている。 「ままごとなものか。私とて、本気だった。今でもそうだ。それを……村長は私が子どもをたぶらかしたと眉をひそめ、雲嵐には神を穢したと怒っていた。私が見ているのは魂の輝きであって、人の形ではないというのに」 「……ふむ」  碧玉はひとまず頷いた。松伯のほうを向いて、天祐が質問する。 「神への嫁入りは良いことなのでは? 古くからの祭祀では珍しくありませんが」 「村長は雲嵐の性別が男であることを、問題に思っているのだ。男神に男が嫁入りするのは汚らわしく見えたらしい。あの子の信仰心の強さから来る激情だと知っていたが、まさか雲嵐から霊力が消えたら、これ幸いと追い出すほど、私を清廉と思っていたとはね」  声が聞こえない雲嵐だけ戸惑っているので、灰炎が気を利かせて、松伯の言葉を伝えてやっている。  碧玉は素朴な疑問をあげる。 「松伯様は、雲嵐を庇わなかったのですか?」 「庇ったとも! 雲嵐の霊力が無くとも、私のことが見えなくてもいい。傍に置いてくれれば満足だ、とね。結果はこの通り、雲嵐を私の守りの外に置いた。近くではあるから、嘘ではない。詭弁だがね。しかし、それ以上抗弁すれば、村長が雲嵐に何をするか分からなかった」  碧玉はあの穏やかそうな村長を思い浮かべ、孫を手にかけるほど冷酷な面もあるのかと、意外に思った。 (長は時に非情な判断もしなければならない。村の風紀のためと判断すれば、秘密裏に孫を処分するのはありえるか)  しかし、それでは納得がいかない。 「松伯様、あなたがわざわざ白家まで助けを求めにこられては、村長を刺激するのではありませんか」 「ああ、それか。雲嵐の嫁が異様であるのは、村にも伝わっていたんだよ。村人達も不安そうだった。村のためという言い訳が通用するから、私は行動したのだ。村長も反発はできぬと見こんでのことだ。雲嵐は村人に慕われている。見捨てれば痛手を負うのは村長だから、見かけだけでも協力しなければならない」  碧玉は内心でうんざりした。  まさか守り神と村長とで信頼しきっているようなやりとりに見せかけて、互いに腹に一物抱えていたとは思わない。 「まったく、面倒な茶番に巻きこまれたのではないか。なあ、天祐。……天祐?」  碧玉が天祐に話を振ると、天祐はわなわなと震えている。その顔が紅潮し、目がうるんでいる様に嫌な予感がした。 「松伯様、俺、感動しました!」 「は?」  碧玉は片眉を跳ね上げる。灰炎と彼の足元に戻ってきていた雪瑛、どちらも不可解そうに首を傾げた。 (良かった。私の反応のほうが正常のようだ)  雲嵐も困惑しているので、碧玉は安心した。 「愛する人を守るためなら、それくらいしますよね!」 「あ、愛……⁉」  雲嵐は目を丸くし、月明かりでも分かるくらい顔を真っ赤にした。 「天祐殿も愛が重い方ですからなぁ」 「共感しちゃったんですねえ」  灰炎と雪瑛が、横でこそこそと言い合った。 「神と人間だろうと、愛する者同士で結ばれるべきです! そのためなら、俺もお手伝いいたします!」  天祐が何か言いだしたので、碧玉はぎょっとした。 「待たぬか、天祐。神を相手に、むやみに約束するでない!」 「まずは道術でお手伝いを……。そうだ、見鬼(けんき)の札がありましたね。少し待っていてください。呪符を用意しますので!」 「話を聞かぬか!」  碧玉が叱りつけても、暴走している天祐は聞いていない。その場に座りこむなり、真っさらな黄色い札に、朱筆でさらさらと札を書いていく。その見事な書きっぷりを見た碧玉は怒りを忘れ、素直に感心する。 「滅多と使わぬ札をよく覚えているな」  見鬼の札とは、霊力が無い者が使うと、札を貼っている間だけ、幽鬼の類が見えるようになる術だ。 「そうですね。道士には必要ない札ですが、俺が子どもの時、町の子達にあげて遊んでいたので」 「おい、待て。凡人に札を与えて遊ぶとは、どういうことだ」  聞き捨てならないと、碧玉は冷え冷えとした声で問う。天祐は札を書き終えると、ハッと顔を上げた。あからさまにしくじったという表情をしている。札を書くのに集中していたせいで、会話がおざなりになったようだ。 「天祐?」 「だって、道士ごっこをしたいって言うから! 怒らないでください。師父にさんざん叱られたので、ちゃんと反省しています!」  道術の師父である白蓮は、碧玉と天祐の共通の師だ。白蓮は怒ると怖いので、天祐が青ざめるのも理解できる。 「師父が叱ったのならば、私は言わぬ。どうせ危険な目にでもあったのだろう。厄介な幽鬼でも刺激して追い回されたか?」 「うっ。お見通しじゃないですか……。あの時はまだ浄火は使えなかったので、師父が助けてくれたんですよね」  白蓮のことなので、札の悪用に気づいていて、天祐達が危険にさらされるまで放置してから助けたに違いない。そして、危険性を恐怖とともに体に叩きこむのだ。そんな強烈なことがあれば、札の書き方も忘れないだろう。 「ふん、まったく。それで、その札を雲嵐に与えるのか?」 「貸すだけですよ」  天祐は完成した札を手にして立ち上がり、筆記具も片付ける。 「雲嵐殿、失礼」  天祐は雲嵐の額に、霊力で札をくっつけて、素早く印を結ぶ。術が発動し、札が一瞬だけ光る。 「あ……」  雲嵐は小川の向こうを見て、目を見張る。みるみるうちに涙を浮かべ、そちらへと駆け出した。 「松伯!」  そのまま松伯に抱き着こうとしたが、その手は空を切った。 「ああ、そうか。触れないのか……」 「雲嵐」  がっくりとする雲嵐に近づいて、松伯はその額を指先で払う。 「痛っ」  神気で弾くくらいはできるらしい。雲嵐は後ろによろけた。 「この愚か者。やけになって、妖怪と婚姻するとは」 「うっ。……すまない。君のことが見えなくなったのは、君の加護が無くなったせいではないかと思っていたんだ」 「その誤解はよく知っているよ。雲嵐は毎日泣いて悲しんでいたからね」 「見ていたのか?」 「私の名を呼びながら探す姿に、胸が引き裂かれそうだった」  雲嵐の目から、涙がぼろぼろと零れ落ちる。 「松伯……。ずっと見守ってくれていたんだ。それなのに、他の人と結婚してごめん。村ではこの扱いだったし、よその人と暮らすことで、君を忘れたかったんだ」 「雲嵐が誰と結婚しようが構わなかったんだ。私はずっと、君の――私のかわいい子の幸せを望んでいたよ。そして最期の時が来たら、迎えに行くつもりだった。霊魂ならば、私の嫁として召し上げられるからね」  松伯の赤裸々な告白に、雲嵐は何度も瞬きをする。 「それはずいぶんと重くないか?」 「君の一生分の時間くらい待てるという意味だ。松の木は気が長いのさ」  松伯はふわりと雲嵐の頭を撫で、彼の前に針のような葉が二本くっついた松葉を差し出す。 「さあ、これを持っていなさい。悪いものを寄せ付けないようにするお守りだ。それから、この松笠も。私の一部があれば、簡易的に結界を広げられる」 「でも、それはおじい様がお許しにならないよ」 「今回の件で、君を放っておくほうが妖邪を招き寄せると、あの子は気づいただろう」 「え?」  雲嵐がけげんそうにする。そこへ雪瑛が近づいて、クンクンと鼻を鳴らす。 「あっ、分かりました。ほのかに、霊力の香りがします。力をつけたい妖や悪いものは、あなたを食べたがるはずですよ。あの虫みたいに」 「どういうことだい、狐さん。私の霊力は消えたはずだよ」  碧玉はそういうことかとからくりに気づいた。 「わざわざ山から妖怪が下りてきて、お前に嫁入りするわけだ。雲嵐よ、お前の霊力は消えたのではなく、弱くなっただけなのだろう。そして、そういった霊力のある人間というのは、昔から妖怪に狙われやすいものだ。喰えば力になるからな」  雲嵐の顔から血の気が引く。 「えっ。そ、それは……私はどうすれば」 「ふむ。天祐、お前ならばどうする?」  碧玉は天祐に結論を振る。 「え? 喰われない程度に修業して、力を付ければいいのでは? あっ、そうか。その手がありますね!」  天祐は表情を明るく輝かせた。 「雲嵐殿がよければ、白家に弟子入りしないか? 必ずしも霊力を高められると約束はできないが、身を守る術くらいは学べるように取り計らうよ」  雲嵐は信じられないという顔をして、恐る恐る確認する。 「霊力……高められるのですか?」 「修業して霊力が高まる人もいるが、雲嵐殿はもう成人しているから分からない」 「それでも……せめてまた松伯が見えるようになる可能性が、少しでもあるなら」  雲嵐は一度目を閉じ、再び開けて顔を上げると、強い覇気に満ちていた。 「私は努力します。だから松伯、私がここに戻るまで、待っていてくれないか」 「それは約束できない」 「えっ」 「満月の日に、私は雲嵐に会いに行くからね」  松伯はにこりと笑い、雲嵐はぽかんとした後、噴き出した。 「はは。そうか。会いに来てくれるんだね」 「そうだよ、私のかわいい雲嵐」  そして松伯は、雲嵐の額に祝福の口づけを落とす。一瞬だけ、雲嵐の体が緑に輝いた。  雲嵐と松伯のつかの間の逢瀬を横目に見ていて、碧玉は唐突に気が付いた。 「今まで、雲嵐が無事でいられたのは、松伯様がああやって祝福を与えていたからではないか?」 「ああ、そういえば、あの妖怪に精を奪われているにしては、雲嵐殿は元気ですもんね」  天祐はなるほどと首肯する。  そこに灰炎がそっと口を挟んだ。 「ところで、結局、私達って何をしにここに来たんでしょうか」 「人間でいう、仲人ではないですか?」  どこかで聞きかじった単語だろうか。雪瑛が胸を張って言う。 「それはぞっとするが……。神と人の恋なんてものがあるのだな。珍しいものを見たので、良しとしよう」 「そうですね、兄上。素晴らしい二人の再会に立ち会えました。とりあえず今日は休んで、明日、妖怪の巣を駆除してから帰りましょうか」  明日は村人も総出で山狩りをしてから、白家に戻ることになりそうだ。  碧玉達は先に雲嵐の家へ戻り――屋根の一部が落ちてひどい有様だったので、簡易寝台を外に引っ張り出して、野宿を決めこむのだった。  番外編、終わり  -----------------------  ここまで読んでいただいてありがとうございます。  サブキャラがメインで考えた番外編でしたので、こんな感じでした。  碧玉と天祐のいちゃいちゃまでは入れる余裕がなかったですね。  二巻用の番外編案で考えた話ですけど、本に入れると主人公達のやりとりが少なくて物足りなかったかもしれないので、これでよかったかもしれませんね。  いったん完結にしておきます。 ・10/19追記 三幕 美女画の怪 アルファさんのほうだけで更新スタートすることにしました。 内容が二巻を読まないと楽しめないものなので、他サイトでは規約違反になると判断しまして、こちらにはのせないことにしました。 すみません。
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