3 お前には兎がお似合いだ

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3 お前には兎がお似合いだ

「碧玉や、町でのことを聞いたよ。よくやった。それに、浄火で邪霊をなぐったんだって? 面白いことをするね」  夕食の席で、青炎が褒めた。 (そういえば、浄火で直接的に攻撃することはなかったな)  この浄火というものは、神仏にささげる清らかな火のことである。  祖先は神にさずけられた火を受け継いで守っており、その功績をたたえられ、神がこの能力をさずけたと伝えられている。  血族ならば使えるが、修行して、体内で気をねられるようにならなければ使えない。 「申し訳ありません。あのような使い方、神への不敬でした」  遠回しに叱られているのだと思い、碧玉は謝った。  青炎は否定する。 「怒っているわけではない。我々は祓魔の儀式でしか浄火を使ってこなかったが、ああすれば手っ取り早いのだなと感心したのだ。もし君にやる気があるなら、祓魔業でも使えるように研鑽してみなさい。私も試そう」 「そういたします」  (しゅ)を唱えたり、印や陣を結んだり、()を使うより簡単だった。浄火は霊力を消費するが、殴る一瞬だけにとどめれば、そう負担にもならない。  しかも良いところは、普通の火とは違い、悪しきものだけを燃やすため、周りに被害を出さないことである。  父が褒めるのは自然なことだった。 「でもあなた、魔に近づきすぎては危険では? 碧玉、どうか自分を大事にしてちょうだいね」  母である緑夫人――緑翠花(りょく・すいか)が、気づかわしげに言った。翠花という名の通り、黒髪と翡翠のような瞳が美しい、花のような女性だ。小柄でぽっちゃりとしていて、優しさがあふれている。  そんな彼女でも、腹違いの天祐を嫌っているため、末席にいる天祐のことは一瞥もしない。  思うに、碧玉が天祐をいじめてもいいと判断したのは、母親の影響もあった。  天祐は身をわきまえて、食事の時はいつも黙っている。 「分かりました、母上。武器にも宿せないか、試してみることにします」 「修練用の武具ならば好きにしていい。後で報告してくれ」 「はい」  青炎にうながされ、碧玉は頷いた。  それから碧玉は、武器に浄火を乗せられないかと試してみたが、不可能だと分かっただけだった。  霊的なもの以外には燃え移らない性質があるのだから、よく考えてみると自然なことだ。 「確か、祖先は神よりたまわった宝具(ほうぐ)燭台(しょくだい)で、火を管理していたのだったか」  燭台のことは伝わっているが、まさか宝具を投げつけるわけにもいかない。  直接、殴る蹴るするのが一番だろう。 「体術のほうで、鍛錬を積むとするか」  これまでの実験を書類にまとめると、修行の方向について計画を練る。  すでに夕方が近い。朝からかかりきりだったので、碧玉はぐっと伸びをすると、灰炎を呼ぶ。 「灰炎、これを父上に届けよ」 「かしこまりました」 「私は邸内を散歩してまいる」 「えっ、お供します!」 「いい。いつもそばにいられると鬱陶しい」 「そ、そんな、若様ぁ……」  弱った声を出す灰炎を無視して、碧玉は青柳室を出た。  背筋を伸ばし、白い衣をゆらゆらさせて、邸内を歩く。  前庭で木刀でも振るおうかと方向を定めると、母屋を出てすぐの階段の隅に、天祐が座っているのを見つけた。  門下生達がころころとした白い犬三匹とたわむれている。遊んでいるように見えて、犬の訓練をしているのだ。 「いいなあ。温かそう……」  無意識だろうか、天祐は犬をうっとりと眺めている。  白雲の地は国の北東にあるため、春になっても夜は冷える。 (もしや、部屋に炭が届いていないのか? 後で確認させておくか)  勝手な真似をした使用人を思い出す。宗主の家族は、それぞれが高級な炭ばかりを使っているが、質の悪い炭は部屋がけむくなると聞く。碧玉は命じてはいないが、嫌がらせをする使用人がいるかもしれない。  だが、わざわざ本人に不足がないか聞く真似はしない。 「犬が欲しいのか」 「ふわひゃっ。あ、兄上!?」  天祐の小さな体が、ビクッとはねる。  いつからそこにという目で問うのを、碧玉は無視した。 「お前も白家の者ならば、式神くらい使えるようになれ」 「式神ですか……?」 「まだ習っておらぬのか。いいだろう、私が手本を見せてやる」  碧玉は意地悪い気分で切り出した。  わざと大物を呼び出して、天祐に力の差を見せつけてやろうと思ったのだ。  常に持ち歩いている形代(かたしろ)を、(ふところ)から取り出す。人型に切り取られ、呪が記された紙切れを持ち、霊力をこめて、フッと息を吹きかけた。  すると形代はパッと姿を変え、一瞬後には、碧玉の腰の高さほどの白い虎が現れる。 「わあっ」  天祐が声を上げたので、碧玉はギクリとした。  つい、癖でおどかす真似をしたが、怖がらせる予定はなかったのだ。しかし、天祐は驚いたのではなく、目を輝かせていた。 「なんて美しい虎でしょう!」  天祐が手放しで褒めたので、式神の白虎が「ふふん」と笑ったようだった。ふかふかの毛を見せつけるように天祐にすり寄り、体で頬をなでて、尻尾でポフンと頭を叩いてから、碧玉のもとに戻る。良い子のポーズでお座りした。  調子に乗っている白虎に呆れたものの、碧玉は白虎の頭を撫でてやる。気持ちいいのか、白虎はグルルと喉を鳴らした。 「兄上、すごいです!」  天祐は幼子みたいに飛び跳ねて、興奮している。修練中の門下生も近寄ってきた。ただ、訓練中の犬だけは白虎におびえて逃げ出し、世話をしていた門下生が慌てて追いかけて行った。  碧玉は形代をもう一枚取り出して、白いふわふわした毛並みの(うさぎ)の式神を呼び出す。それを天祐の腕に放り投げる。 「ふん。お前には兎ぐらいがお似合いだ」 「わわっ」  兎を受け取った天祐は、頬を赤らめる。 「ふわふわだ~」  うれしそうに抱きしめて、兎に頬ずりをした。心なしか、兎は迷惑そうで、手がゆるんだ頃合いを見はからって天祐を蹴り飛ばし、碧玉の腕に戻る。  主人が切れやすいならば、式神も同じようだ。  白い兎を左腕に抱え、右側に白虎を従える様に、門下生達は憧れの目を向ける。 「若様、動物を従える仙人様のようです」 「なんとお美しい……!」 「わざとらしく褒めるな」  しかし碧玉にはこびへつらっているようにしか聞こえず、眉を寄せた。 「ちょうどいい。貴様らも、式神くらい使えるようになれ。私が稽古をつけてやろう。誰か、紙と筆を持て」 「はい!」  門下生らはすぐに動き、前庭に机と道具をそろえる。  形代の作り方、呪の文言と書き方、霊力をこめながら動物を想像することを教えると、彼らは練習を始める。  簡単そうに見えて、式神の術は難しい。  しかし、さすが天祐は才能が高いだけあって、五回目で成功した。白いころころとした犬が、天祐の足元に現れる。 「ワンッ」 「わあ~」  天祐はうれしそうに目を輝かせ、犬を抱きしめる。  一緒に練習していた門下生達は成功を喜んで喝采を上げ、次は自分の番だとはりきり始めた。 「よいか。紙にこめた霊力がなくなれば、それはただの紙に戻る。式神は索敵や身代わり、援軍の代わりなどに使えて便利だが、長時間の実体化のためには、霊力を磨かなければならない。お前達の実力がどれほど上がったかをはかるのに、ちょうどいい物差しとなるだろう。なまけずに、研鑽せよ」 「は!」  門下生と天祐が声をそろえて返事をする。  続けるように指示をすると、彼らはわいわいと式神作りに戻った。  楽しそうに修練をする門下生達を、碧玉は不思議な心地で眺める。いつもならば、碧玉を恐れて縮こまっているというのに、何があったのだろうか。 (もしや、私が行動を変えたから、こやつらも違う反応を見せているのか?)  前世で読んだ書物では、あの宴で、碧玉の味方は一人もいなかった。灰炎ですら裏切ったことを思い浮かべて、体の芯が冷えるような心地になる。 「若様、若様、これはどうですか?」 「はん。なんだ、そのくずれた犬は。本物を見て、もっと観察せよ」  門下生の一人は、悪夢にでも出てきそうな犬の式神を作り出していたから、碧玉は鼻で笑った。しかし不快になった様子もなく、周りにからかわれて笑いが起きる。 (この屋敷で、これほど安らいだ気持ちになったことがあっただろうか)  まさか後継ぎになるという執着を捨てたら、こんなに楽になるとは。 「おや。碧玉、皆に稽古をつけてやっているのか」  夢でも見ている気分でぼうっと立っていると、後ろから青炎に声をかけられた。 「父上!」  碧玉だけでなく、皆がいっせいに拱手をとる。青炎は鷹揚に、姿勢をとくように示した。 「気分転換に、私も混ぜてくれ」  宗主が稽古場に来るのは珍しい。碧玉の胸に喜びがわき、皆もそわそわとした様子になる。 「式神か。碧玉は白虎か、さすがだ」 「恐れ入ります」  青炎に褒められるのは、素直にうれしい。 「おお、天祐。その年でもう作れるのか? すごいぞ」 「ありがとうございます。でも、兄上の教えのおかげです」  謙遜する天祐に、青炎は優しい目を向ける。  それを見ても、碧玉は以前ほど、心がざわつかない自分に気づいた。弟が褒められたら、兄の格が落ちるというわけではいのだ。何も奪われないし、欠けることもない。 「父上の式神も拝見したくございます」 「いいとも」  碧玉が怒らないので、青炎は少し意外そうにしたものの、碧玉のお願いを快く聞いてくれた。  さすがは宗主だけあって、青炎の作り出す式神は力強い。  燃え盛る鳳凰(ほうおう)は神々しく、しばらくの間、屋敷には明るい賞賛の声が飛び交っていた。
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