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戻って来たノエルに、ダグは粘着テープの下から一、二度大きく呻いた。
転がっているダグの横を、ノエルはまるで彼がそこにいないかのように一度素通りし、それから二、三歩先で立ち止まった。首だけをゆっくりダグに向け、口が何かを言いかけて僅かに開いたが、すぐにその口を閉じ、顔を戻した。
ダグはその背中に向かって名前を呼ぶように呻き、顔をしかめた。
彼が頭の奥底へ押し込んだ「あの日」が、脳裏に伝い落ちる。
――あの日。夏の太陽。ここに来る途中、冷たい小川に足をつけた。自転車を止め、ソーダを飲んだ。一緒にここまで、ふたり自転車を漕いできた。そして、背後で聞こえる叫び声。……あの夏の日に戻りたいか、だって?
ダグはテープの下から叫んだ。
「そのことを考えるのが、嫌なんだよ!」
ノエルがソファにどさりと腰掛け、目の前の食べ物にフォークを突きさした。トレイには、食べかけのレバー・パテと、ブラック・プディング。
ダグの顔の横に、しゃがみこんだアルフレッドの口元が近づいた。そこからこぼれた夜の冷気が、熱をもったダグの首を流れ落ちる。
ちょうど時計の振り子が、重々しく十時の鐘の一つ目を打った。
「ノエル。『友達』に最後、何か言うことは?」
二つ目の鐘。
ダグは荒く鼻で息をしながら、すがるようにノエルを見つめた。
その視線の先で、ノエルがブラック・プディングを飲み込んだ。
三つ目の鐘。
「ない」
夏の太陽。自転車。跳ねる川の水。その水面を渡る、笑い声。
ダグは、八つ目の鐘までは、意識があった。
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