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ダグの額から汗が噴き出し、涙のように頬をつたい始めた。
「……血を、吸うのか?」
アルフレッドはそれには答えず、躍るような手つきで棚の引き出しから粘着テープを取り出し、ダグの前に立った。
ダグは上目遣いでその青白い顔を見た。からだが小刻みに震えているのが自分でも分かる。「……殺すのか?」
粘着テープの端を引っ掻きながら、ふっとダグを見たアルフレッドの手が止まった。彼を見上げるダグの顔に、昔の知り合いの声を聞いたような表情になり、目に温かなランタンの光が揺らいだ。
「君……あの夏の日に戻りたいと思ったことは?」
ダグは「あの日」という言葉に身震いしてそれを振り払うと、吐き捨てるように言った。
「……さあ。考えたこともない」
その頬を汗がつたう。いつも空虚な卵。潰れないための威勢の殻。
三百年をほとんど独りで生き、心は朽ちかけ、そこへふいに年の離れた友人を得た老人が、静かに言った。「オーウェンの詩を」
彼は目を閉じた。詩の断片が宙を泳いだ。
君の死の微笑で分かる。今いるここは、確かに地獄。
君の姿をした亡霊の顔に刻まれているのは、千の苦しみ。
だが、地上で流れる血は、ここまでは滴り落ちず、
着弾の轟音も、換気口から響く呻き声もない。
「君のことは今まで知らなかったが、友よ。
もはや後悔はないだろう。ここに至って」
「いや。希望もなく、生を感じることのできなかった、
あの年月を取り戻せたなら」
ダグはうなだれて詩を聞いているふりをしながら、重たい椅子を必死にじりじりとテーブルに寄せた。……テーブルの上のナイフ。せめてあれが手に滑り落ちたら。
アルフレッドが、口を閉じた。
ダグが動きを速めようとしたとき、目を閉じたままのアルフレッドの右足が椅子の足を薙ぎ払うように蹴飛ばした。
ダグは椅子ごとそのまま横向きに倒れ、したたかに床に打ち付けた肩から嫌な音と激痛が響いた。「う……!」
喚こうとした口は、冷たい目に戻ったアルフレッドの粘着テープで塞がれた。
そして再び、悲鳴に似た音。
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