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差し出されたピートとシェリー樽の香りの液体を、ダグは舐めるように飲んだ。思わず声が出た。「旨い」
「ところで、ここには誰か一緒にって誘わなかったの?」
「いや。ほんとに、ふらっと来たから」
「誰にも言わず?」
「ああ」
「残念」
ダグの心にまた蛇の炎が揺らめいた。このお屋敷に住んでることをそんなに自慢したいのか、という言葉をのみ込んで作り笑いを浮かべた。
「しかし、ここに住んでるとはねえ」
暖炉で火がはぜた。
「ここに置いてきぼりにしたのは、君だろ?」
「そうだっけ?」
ダグは覚えていない、というように白の天井を見上げた。
ふたりが十一。
小学校最後の、七月初めの日曜の午後。
偏屈爺が住むとか、お化けが出るとかいう噂の、街からだいぶ離れた大きな屋敷。
そこへ忍び込もうと言った、ダグ。
「ノエル。度胸試しだ」
「やだよ。怖い」
「うるせえ。行くんだよ」
鍵がかかっていなかった、大きなオークの扉。
玄関ホールを進み、突き当たりの階段を上りかけたところで、どこからか聞こえた低い男の声。「君たち、何の用だ?」
真っ先に玄関を飛び出した、ダグ。
玄関ホールで男に腕をつかまれ、叫んだノエル。「ダグ!」
振り返らなかった、ダグ。
二度目の叫び声。「ダグ! ダグ! 待って!」
三度目。「ダグ! 置いて行かないで!」
そのまま家まで自転車を飛ばした、ダグ。
ノエルが自分のことをその男にチクって、警察や学校に親が呼ばれないか、心配しながら。
長髪をかき上げて暖炉の火を見つめる目が、遠い夏の夕暮れを見る眼差しになった。
「まあ、おかげで彼と知り合うことができたんだけどね」
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