付き合いが良い偽善者

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 面白くなくても笑う。畢竟するに作り笑いだ。そうすると上辺の明るさを重視する輩が寄って来る。そして案の定、面白くなくても笑い合う。予定調和な虚しい和み合いだ。そういうことを繰り返して仲間の輪を広げて行く。大人の付き合いを上手くやって行くには愛想笑い、お追従笑いといった空虚な笑いが必要なのだ。またその場の空気を読んで二枚舌を使ったり三味線を弾いたり綺麗事を言ったり煽てたり、早い話が嘘をつく必要がある。また世間体をよくするために人が良いように振舞う必要があるが、これは今時の人間は概して普通に出来る。このSNSが普及した情報化社会に於いて変な噂を立てられては一大事!直ぐに広まって身の破滅に繋がることを普段から甚だ恐れているからだ。  分けても北川という男は這般のことを十二分に心得ていて度が過ぎる位、付き合いが良い偽善者だった。その特徴が顕著に表れたのが平成20年度○○小学校卒業生で6年2組だった人を対象にして行われた同窓会の時だった。  北川は中学に進級する時に学校が別々になって以来、関係が途絶えてしまった元友達に対しても人が良さそうに振舞って無難に付き合い、登録しているSNSが一緒だったりすると、益々にこにこと人が良さそうになって連絡を取り合おうと約束するのだった。  笑顔が笑顔を呼ぶ、一見明るくて良さそうだが、俄か仕立て或いはお座なりと言える明るさの中心となっている北川に当時片思いしていた弓子という女が笑顔を作って近づいて来た。自分が独身だし北川もまだ独身だということを人伝いに知ってやって来たのだ。見るからに愛想が良く誰にもフレンドリーな北川に話しやすさを感じていた弓子は、グッドタイミングを見計らって北川の横に座るなり13年のブランクを感じさせない調子で尋ねた。 「私のこと覚えてる?」  その地黒な顔を見て北川は当時、心安立てにゴリラと呼んでいた中村弓子の面影を認めて、「ああ、覚えてるよ。中村さんだろ」と気軽に言った。 「そうよ、小6以来ね」 「そうだね、当時はよくしゃべってたね」 「うん、北川君ったら私のことゴリラって呼んだりしてたわ。今もゴリラみたいでしょ」 「いやいや、いい感じに大人の女になったなって思ったよ」 「ほんとに!」 「うん。安室奈美恵みたいだな」 「ハッハッハ!お世辞にも程があるわ!」 「これは正直、言い過ぎたかな。でも、ほんと、掛け値なしにいい感じになったよ」 「ほんとにそう思う?!」 「うん、思う思う」 「酔ってるからじゃないの?」 「いや、僕はノンアルコールしか飲まないよ」と北川は言って5パーセントアルコール入りのビールを飲んだ後、自分のお世辞を真に受ける弓子に訊いた。「僕のことはどう思う?」 「あ、あの、私」と弓子は頓にどぎまぎして、「北川君もいい感じになったって言うか、もっといい感じになったと思うわ」と気に入られようと欲目で言った。 「へへへ、中村さんこそ、酔ってるんじゃないの?」 「私、酔ってないわ。お酒なんか一滴も飲めないもん」と言いながらもここに来る前に日本酒を飲んでいた。 「そうか、そりゃ体に害がなくていいね。しかし、ほんとにいい感じだと思ってるの?」 「ええ、ほんとに」と言って照れて酒の所為でほんのり赤くなっていた地黒の顔を更に赤らめる。そこへ北川が独身であることを弓子に伝えた男がやって来て、「よーよー御両人!」と囃し立てた。  この三人は同じSNSに登録していて他の参加者25人の内、10人も同じく登録していて同窓会中にこの13人が互いにID交換して遣り取りすることになったから受けを狙った北川は、飲めない口と言い合っておきながら二次会であからさまに酒を飲み合いながら告白して来た弓子と付き合うことを宣言すると、受けに受けて、その後の仲間内のSNSの遣り取りでも話題の中心となった。そして弓子と旅行に行っては仲睦まじそうに映った画像をアップする等して、いいねの数や好意的なコメントの数を多く獲得して行き、結婚までのプロセスを潤色したりして然も幸せそうにブログに綴って行った。だから北川は、本当のことを言えば、弓子が好きでもタイプでも何でもなかったのに引っ込みがつかなくなってしまった。  而して到頭、結婚式になって新郎新婦入場の時、高らかにメンデルスゾーンの結婚行進曲が会場に響き渡って同窓会の時にSNSの仲間になった者たちを始め参列者の万雷の拍手が鳴る中でも北川はここぞとばかり作り笑顔を浮かべていたのである。  結婚式後、当然ながら北川の仲間の間で結婚式の様子を撮った画像や書いた記事でSNSは盛り上がり、北川は祝福のコメントを多く貰って首尾よく事を運んだ次第だが、実のところ、弓子との結婚生活は妥協に次ぐ妥協、迎合に次ぐ迎合、同調に次ぐ同調だった。で、弓子に対しても愛想は良かったが、独りになった時の彼は、果たしてどんなだったであろうと想像すると、何だかぞっとする。ひょっとすると素顔が無いのかもしれない。と言うか仮面が顔面に接着剤で張り付けられたようにくっ付いているので脱げないのだろう。これぞ究極の付き合いが良い偽善者だ。  その偽善者を裏付ける証拠を北川の仲間内の人間が明らかにすることは難しいだろうが、彼が本性を現すとしたらホームレスを始め社会的弱者に対してだろう。自分にとって利益になる見込みがないから愛想良くする必要がないし、変な噂を仲間内で立てられる恐れがないからだ。
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