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「おとうさん!これなんて読むの?」
「それはきょうりゅうって読むんだ。ほら、かっこいいだろう?悠斗が生まれるずうっと前に居たんだ。」
「かっこいい…!おとうさん!僕この本欲しい!もっときょうりゅうのこと知りたい!」
「よしわかった買ってやろう!大事に読むんだぞ。」
「うん!ありがとうおとうさん!」
「お前男なのにずうっと絵描いてんな!女みたいで気持ち悪!」
「うるさいなほっといてよ。気持ち悪いなら近寄らなきゃいいだろ。」
五才のころに買ってもらった大切な図鑑。力が強くて体も大きい。すっごくかっこいい恐竜は僕にとってヒーローだった。
「こんなやつほっといて外行こうぜ!」
教室には僕以外誰もいない。でも僕のヒーローはいつも一緒に居てくれる。恐竜は僕にとって友達でもあるしヒーローでもあった。僕の机にはいつも恐竜が書かれた自由帳と図鑑があった。それで十分だった。
「お前めっちゃ絵うまいな!カッコいい!なあ、これほんとにいるやつ?」
「そうだよ。アロサウルスっていうんだ。」
高校に上がってからも僕は恐竜を描き続けた。毎日勉強と両立して、少しずつ描いて。完成した作品は友達にあげたり部屋のファイルに保存したりした。僕の生活には必ず恐竜が居てくれた。
恐竜が僕の生活からいなくなったのは高校二年生の時。恐竜が出てくる絵本を描きたいと思い、美術大学を志した。しかし、親は納得してくれなかった。
「あんたねえ。恐竜恐竜ってこの年にもなって何言ってるのよ。美術大学なんて行ってもどうせ将来売れないんだから行かせないわよお金がもったいない。」
反対を押し切ってまで進学できるほど僕は強くなく、そのまま高校を卒業して上京し、平凡なサラリーマンになった。恐竜はもう見たくなかった。
毎日同じ時間に起きて出勤して終電ギリギリに帰る。そして家についてからは特に何もしないで眠りにつく。そして同じ朝が来る。ずいぶん懐かしい夢を見ていたようだ。恐竜、それにイラスト。時間がない今となっては無縁の存在だ。図鑑なんて上京するときに一応持ってきては居たが今じゃ埃をかぶっている。夢も一緒に埃をかっぶっているんだろうか。そんなことを考えていたら会社に着いていた。もう満員電車にも何も感じない。廊下で上司に挨拶をして自分の仕事場につく。今日もいつも通り仕事をして終わりだ。そう思っていた。
「佐藤君、少しいいかね?」
「はい、なんでしょうか。」
どこか仕事にミスがあっただろうか。自然と背筋が伸びる。
「君博物館とか行くかい?というか好きかい?」
「しばらく行ってないですね。嫌いではないです。」
「そうか!ならよかった。実は家族と行く予定だったのに風邪を引いてしまってね。何人かにチケットを譲っているんだが、君もどうだい?」
博物館か。ちょうど今度休みが入っていたし息抜きにはちょうどいいかもしれない。それにここで断ってもイメージが悪くなるだけだろう。
「いいんですか。ではお言葉に甘えて。娘さんにはお大事にと。」
「ああ楽しんできてくれ。君は普段頑張っているからな。たまにはゆったりしてきてくれ。」
そういって上司は自分の持ち場へ戻って行った。
後日、俺はチケットをもらった博物館に訪れていた。
博物館の中は静かで歩くと自分の足音が反響して聞こえてくる。美術品など見てもあまり価値はわからないが何となくすごさは感じ取れた。順路を進んでいくと少し広い場所に出た。そこには大きな恐竜の化石があった。この恐竜はなんだっただろうか。そうだ、これは、この大きな体の恐竜はきっと。
「フタバサウルス…」
思わず声に出してしまった。
「おじさんすっげー!なんでわかったの!?」
後ろに小さな男の子が居た。きっと小学生くらいの。声に出したのを聞かれてしまったのが恥ずかしくて少し顔を背ける。
「おじさんも恐竜好きなんだろ!だって詳しいもん!」
恐竜が好き。そうだそうなんだ俺は、僕は恐竜が好きなんだ。だけど大人だからそんなこと言っちゃいけないんだ。
「なあおじちゃん!俺も恐竜好きだよ!だってかっこいいしヒーローみたいじゃん!」
ヒーロー。懐かしい響き。そうだ確かに俺は昔恐竜たちに救われていたし今だって救われたじゃないか。こんなことにも気が付けなかったなんて、なんてひどい奴なんだ僕は。ヒーローは、友達は、いつでも近くに居てくれたのに。ああ、勝手に諦めて悪かった。まだ間に合うだろうか。幼いころに志したあの夢は。
「なあおじちゃん!恐竜わかるんだろ?俺にもっと教えて!」
「いいとも。恐竜はかっこよくて僕も好きなんだ。一緒に回ろうか。」
こんな子たちに僕のヒーローを紹介できたなら。彼らにとっての友達にしてやれるなら。昔の夢はまだ追える。まずは絵を久しぶりに描いてみようか。きっと時間はかかるけど楽しいだろう。昔のようにすこしずつ描いていこう。
その後数年後、恐竜が表紙に描かれた絵本が全国の本屋で発売され、その年は恐竜ブームが巻き起こったらしい。その絵本の作者は恐竜好きなただのサラリーマンだったらしい。
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