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帰宅
浜野さんのいつ沈んでもおかしくない船に乗り古里島に着く。
カズは、ヘリを呼ぶため電話を借りにどこかへ行ってしまった。帰る事しか頭になかった俺達は、自分達の荷物をそっくりたき島に置いてきてしまったがまぁいいだろう。
ゆかっちは「おなかが空いて死にそう!」と言い、浜野さんの知り合いがご馳走してくれると聞くと、飛ぶようにして行ってしまった。
俺は一人海岸に座り海の上にすり鉢を置いたような形のたき島を見ていた。
「わしが言った事は間違っちゃいなかっただろ?」
隣に座りながら浜野が言った。
「・・はい。浜野さんの言う通り、あそこは悲しみの島でした」
「・・・わしの爺さんはあのたき島から来た人なんだよ」
白く濁った眼をたき島の方へ向け言った。
「え⁈あのたき島から?」
浜野はこくりと頷き、細長い袋の中から愛用のキセルを取り出しながら
「あんたらが出てきた洞窟の側で火をおこし、漁をやっていた古里島の人に見つけてもらったと聞いている。酷く衰弱していて、まともに喋れるようになったのは発見されてから一週間以上たってからだったそうだ」
「それまで、古里島の人達はたき島に人がいる事は知らなかったんですか?」
「知らなかった。見ての通りあんな形の島だからな。ただ、当時の古里島の一部の年寄り達はあの島を「神の島」と呼んでいた者もいたそうだ」
「神の島・・・」
その時、俺の頭の中に妙子の顔が浮かんだ。
「あの、浜野さんはあの時「この島の最後を見届けるんだ」って言いましたよね?浜野さんはたき島の事をどこまで知ってるんですか?」
「・・・・・」
キセルをゆっくりとふかし、浜野は黙っている。
「お願いします教えて下さい・・・俺、あそこで見た事は勿論夢なんかじゃない。現実だった。でも、今こうしてたき島を外から見てると本当にアレは現実だったのかと思って来るんです。夜に生き返る村。日照りに苦しみ・・亡くなっていった村の人達。それを夜になると繰り返している・・・」
「強制的にな」
「⁈・・・やっぱり知ってるんですね。妙子の事」
「わしも・・わしも、あんたらと同じなんだよ」
「え?」
「まだわしが若者だった時、ある噂を耳にした。あのたき島には願いを叶えてくれる者がいるとね。あの頃のわしは何をしても上手くいかんでね。古里島に住む者は漁業で生計をたててるんだが、他の皆は魚を取れるのにどう言う訳かわしだけ何も取れん。そんな日々が何日も続いた。いよいよ今日魚が取れんと食うものが無くなるって時、その噂を耳にしたんだ。その当時はまだわしはたき島に行った事がなかった。あの複雑な潮の流れを読み唯一行けるのはわしの父親だけでね。だから父親に頼み込んだ。連れて行ってくれと。勿論父親は連れて行ってはくれなかった。ならば自分で行ってやると思い家を飛び出したんだ。わしも若かったよ」
浜野は、鼻から煙を出しながら自嘲気味に笑った。
「それで・・たき島には行けたんですか?」
「勿論最初は行けんかった。でも諦めずに何回も何回も挑戦したんだ。そしてついに上陸で来た。初めて島の中に入った時は感動的だったよ。あの白いタンポポの綿毛を見た時「楽園」かと思ったぐらいだからね」
「楽園・・・・」
「でも、それは昼間の間の事だけだった。あんたらが見たもの、同じものをわしも見たんだ。日照りに苦しむ村人達。二分割された村。それぞれの村での争い、いがみ合い。遂には互いに殺しあう。当事者でもないのに、心が押しつぶされそうなぐらい辛かったな。特に東方村の口減らしを見た時は、父親を殴ってやろうかと思ったぐらいだった」
「俺も同じです。浜野さんはソレを見た時どうしたんですか?」
「何も言えんかった。自分の子供を捨てるなんて衝撃的なものを見ちまったからかな・・その後、村人達が互いに殺し合い静かになった時あの女の子が来たんだ」
「妙子ですね」
浜野はこくりと頷く。
「あんたも聞いたかい?あの歌を」
「はい」
「アレは地獄だ。頭の中・・いや、体の中で大声で歌われているような感じだった。身体が震え頭は割れるように痛む。おまけに、泣きたくもないのに涙が止まらん」
「俺もそうでした」
「お前さんはよく我慢したよ。わしは我慢できず・・こんな目になっちまった」
そう言って俺の方に白く濁った眼を向ける。
「あの時のわしは、あの歌を聞き続けおかしくなったのかもしれん。自らの両目に砂を詰めたんだからな。そうすれば涙が出なくなると思ったんだよ」
「・・・・」
あの歌を聞いてない人からすれば、たかが歌でそんな事・・と笑うかもしれないが俺もあの時、地面に頭を打ち付けようとした。それ程精神をやられるような歌声だったのだ。
「あの・・浜野さんは妙子の言った事信じますか?多喜三の双子の妹として生まれた事、島には行ってきた人間を排除するために日照りを起こした事。そして亡くなった村人達の魂を夜に呼び出して苦痛を繰り返し味合わせてる事」
「・・・・・」
浜野は手の中で火の消えたキセルを持て余しながら、地平線の方へ目を向ける。
暫くの沈黙の後、ようやく浜野が口を開いた。
「わしは、あの妙子と言う女はたき島の神だと思ってる」
「神・・・」
浜野の言う事に驚きはなかった。逆にやっぱりそうかと納得する。
「世の中にはな・・知らなくてもいい事が沢山あるんだよ。好奇心旺盛なのはいいが、時にそれは後悔を産むんだ」
「・・どう言う事ですか?」
浜野が言っている意味がよく分からなかった俺は聞き返したのだが、その時「こうちゃ~ん!」とカズの声がした。
「さ、帰る準備が出来たんじゃないか?もう二度と来るんじゃないぞ」
そう言ってゆっくりと腰を上げると歩いて行ってしまった。
カズが呼んだヘリに乗り込み古里島を後にする。
ゆかっちはご馳走になった家でもらったお土産を嬉しそうに開けている。
「あ~!クッキーだ!ね、ね、二人とも食べる?いらないの?じゃあ私た~べよ。あ、そうそうこうちゃん」
クッキーを口に含んだゆかっちは隣に座る俺に声を掛ける。
「ヨタが何なのか分かったよ」
「え!マジ⁈何なの?」
「よそ者。この辺りの方言でよそ者っていう意味らしいよ」
「よそ者・・・」
確かに俺達はあの村人達からしたらよそ者になる。では、谷郷というのは一体誰なんだ。谷郷もよそ者でヨタじゃないのか?もしかしたら、谷郷と呼んでいるのは子供達だけで大人達はヨタと呼んでいたのか・・・
「本当に分からないことだらけの島だな」
俺はそう呟き窓の外を見た。
上空から見るたき島は、大きなケーキのタルトのように見える。白いタンポポの綿毛が生クリームのように見え、朽ちた家が果物だ。そんな馬鹿な事を考えながらもう二度と来ることはないだろうたき島を小さくなるまで見ていた。
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