48人が本棚に入れています
本棚に追加
待ち合わせの駅には、まだ御巫館長とエルンストの姿は無かった。
「まだ時間があるからな、ゆっくり来られるんだろう」
親父は館長の見送りだと言っていた、莉緒菜師匠の名代だとか。
「じいちゃん、わざわざありがとう。拓海と美音の事をよろしくね」
家族がこっちに揃うまでまだ半年以上あるから。
「ああ、任せなさい。昂輝も身体に気を付けて、今度の正月は待っているからね」
成人式がある。本当はじいちゃんが夏那の着物を買おうとしたらしいけど、何回も着ないのに勿体ないレンタルで十分って当の夏那に言われてしまったとか聞いた。相変わらずだと思ったわ。
「櫂、アルフォート」
そこにすっかり旅支度も整った、御巫館長をお連れしたエルンスト師範が現れた。
「櫂さん、わざわざありがとうございます。昂輝のお祖父様もこんな朝早くにすみません」
御巫館長が帽子を取って親父達に近付いてくる。その笑顔がとても嬉しい。
「どうか道中お気をつけて。師匠からくれぐれもよろしくお伝えてして欲しいと伝言を言伝りました」
莉緒菜師匠は朝から大事なお客さんの約束があるとかで来れなかったとか聞いた。
「ああ、ありがとう。孝蔵からは機会があればアメリカに来てみたいと言葉をもらっているよ。うちの家内にも会いたいからと言ってくれた」
館長の奥様はアメリカ人だが、時々道場で門下生のお世話をしている姿をお見掛けした事がある。笑顔が優しい栗色の髪のマダム・アメリだ。館長不在時は事務方の館長代行も努めておられるしっかりした方と聞いている。
「それを楽しみにしておくよ」
「はい、お伝えしておきます」
ああ本当に、この旅が御巫館長にとって嬉しいものだったならそれで良い。
俺も少しは役に立ったんだろうか。
やがて電車の来る時間が近付いて俺達はホームに入った。
改札の向こうには、まだ親父とじいちゃんが見送っていた。
最初のコメントを投稿しよう!