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ふと何者かの気配に気づき、慌てて再び大木の影に身を隠す六花。竹林の奥をよく見ると、じっと六花をみつめる子供がいる。年格好は六花と同じくらい。ゆっくりとこちらにやってくる。
「おめえ、いま何してた?」
「……何も」
「手をお天道様にかざしていただろう」
「雪に触れようとしただけよ」
その少年は六花の隣までやってきて、降る雪をじっと眺めだす。二人で雨宿りならぬ雪宿りをするような格好になった。
「おめえ、川縁の薪おんなだろ」
「なによそれ」
「友達いねえのか」
「余計なお世話だわ」
面倒なやつに絡まれたと六花は心の中で呟いた。
「薪、持ってやるよ」
「いいわよ」
「いいから渡せ、薪おんな」
「あのね、あたしだって名くらいあるのよ」
ひどい呼び名。六花だって年頃のおんなだ。薪おんなだなんて呼ばれたくない。薪なんて好きで売り歩いているわけじゃない。
「……六花」
「あん?」
「六花っていうの、薪おんなじゃない」
「なんだ、いい名じゃねえか」
目を爛々とさせながら六花の方をまっすぐ見返す男の子。
「おいら青砥屋の梅之助ってんだ」
「……あんたが」
「なんだ、おいらのこと知ってんのか」
子供っぽい表情が馬鹿みたいだと六花は思った。やっぱり町の子供たちなんて、みんな遊んでばかりで幼稚なやつらしかいない。
「ほら、薪よこせ」
「あたしはまだ売り歩きたいんだよ」
「うちで買ってやるさ」
「……へ?」
「天下の青砥屋様だ。つべこべ言わずに全部買ってやらあ」
「でも」
「いいから、おいらと一緒に来い。傘も貸してやる」
真っ白な歯をのぞかせる梅之助。さすがの六花も勢いに押され、背負っていた薪を梅之助に渡す。
「その代わり、おいらと友達になれ」
「はあ?」
「お前、友達いねえだろ。ちょうどいいじゃねえか」
「なにそれ」
「今日から友達だ、いいな」
こんな貧乏娘と友達になることに何の利益があるのだろう。どうも合点がいかない。でも薪が売れるのは助かるし、傘も貸してもらえるのはありがたい。自分で雪を降らしておいて、うっかり帰りのことを忘れていた。
「あたし、遊んだりできないけど」
「構うもんか」
「……」
「友達が増えりゃ、毎日楽しいだろ」
「……へんなやつ」
それから六花は降りしきる雪の中、梅之助と共に青砥屋に向かった。女将さんに薪を買ってもらい、傘を借りて川縁にあるぼろ小屋へと戻った。
その日の晩、六花は初めてできた友達のことを病床につく父に話した。別にそんなつもりはなかったのに、ひどく楽しげに話してしまったことを覚えている。
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