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「つまり雪女は、もともと巳之吉を殺める気なんてなかったんだ」
「へえ」
「ねえ! 六花さん、聞いてる?」
「聞いてません!」
結局その日以来、悟は毎日店にやってきた。お金も持たずにやってきてカウンター席に座る。ノートを広げ、やけに真剣な顔で書き物をしている。
「あのね、うちは図書館でも自習室でもないんですけど」
「でも宿題はここでしかできない」
「六花お姉さんはおうちでできると思うなー」
「残念! 我が家には妖怪がいないんだな」
相変わらず失礼な少年だ。人のことを妖怪呼ばわり……まあ妖怪なんだけど。
「夏休みの自由研究?」
「そう、妖怪の研究なんだ」
「ふむふむ」
「ね、ここでしかできないだろう?」
たしかに……と内心納得してしまい、六花は慌てて首をぶんぶんと横に振る。
なんでよ?
なんでこの子、あたしを妖怪だと思っているの?
「ねえ、どうしてお姉さんは妖怪なのかなあ」
「僕には妖怪の居場所が分かる秘密の道具があるんだ」
「ふ、ふうん」
子供の想像力は豊かである。サンタクロースは空を飛ぶし、魔法のランプは願いを叶える。そして六花は、そういった彼らの夢を台無しにするほど野暮な妖怪ではない。
「その道具、六花お姉さんにも見せてよ」
「嫌だよ。妖怪の手になんて渡すものか」
「渡さないと、食べちゃうわよ」
「六花さんは僕を食べたりしない」
まったく変なところで肝のすわった少年だ。でも、六花はなんだかんだでこの少年を気に入っていた。子供の頃に仲が良かった男の子に少し雰囲気が似ているからだ。六花は今日も悟のためにかき氷を作りはじめる。
「練乳もかけてよ」
「ねえ、いい加減お金払ってほしいんだけど」
「妖怪にお金は払えないさ。そして僕は小学生だよ」
「どういう理屈よ」
六花はこうして毎日、悟少年にかき氷を奢らされている。理不尽な暴君さながらである。でもこんなところも幼なじみの男の子にそっくりで、少し懐かしい気分になったりした。
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