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「もう一度、聞いててよ」 「なにを?」 「雪女の伝説だよ」 「いやよ」 「二人の木こりが川で雪女に遭遇するんだ。年寄りの木こりは、殺されてしまう。でも若い男は生かされるのさ。恋をしたんだよ、雪女は」 「恋ね……」 「だから雪女はそのあと、人間に化けて町に降りてくる。“雪”って名でその男と結婚するんだ。子供なんて十人も産むんだぜ」 「あら、お盛んね」 「……え、なんだいそれ?」 「なんでもないわ」  六花(りか)は悟が熱心に話す妖怪話を聞き流しながら、かき氷機のペダルを踏む。その内容はほとんど実話だった。雪女の雪は六花の母のことだし、巳之吉(みのきち)は父の名だ。両親の色恋話が伝説として語り継がれているのはやや恥ずかしくもある。 「でも巳之吉は雪女と交わした約束を破ってしまうんだ。雪に対して、かつて雪女と遭遇したことを話しちゃうんだよね」 「だめなの?」 「秘密にしていないと殺すって言われていたんだよ」 「……理不尽な妖怪ね」 「でも、雪は巳之吉を殺さなかった。その代わり(かすみ)になって消えてしまったんだ」 「あらあら」 「殺さなきゃいけないのに、恋心が邪魔したんだ!」 「ふうん」  ……そう。悟の言う通り、母は忽然と姿を消した。  たぶん、だいたい悟の想像通り。二人は愛し合っていたし、とても素敵な夫婦だった。でも、母は人間ではなかった。妖怪が人間に恋などしてはいけない。  ……恋か。  六花は、かつての友人を思い出す。  ……あれは恋だったのだろうか? 「話は変わるけど、今日は夏祭りだよ」 「知ってるわよ、お姉さんだって大忙しよ」 「暇そうにしているけれど」 「きみがあたしの邪魔をしているだけでしょ!」 「かき氷食べたら帰るさ」 「まったく、都合いいんだから」  そういえばあの日、梅之助と祭りに出かけた。いまになって思い出すなんてなんだか不思議……と六花は考える。あの夜、やっぱり無理にでも断っていれば、少しは運命も変わったのだろうか。  六花はかき氷をむしゃむしゃと食べる悟を眺めつつ、過去の記憶に思いを馳せた。
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