41人が本棚に入れています
本棚に追加
4
「行くわけないじゃない」
「なんでだ」
「商いがあるもの」
心地よい秋風が吹き抜ける昼下がり。老舗織物問屋の総領息子さまがいきなり川縁のおんぼろ小屋なんかにやってきたのだから、六花も大慌てだ。無理に病床から起き上がろうとする父を弟たちに預け、六花は玄関外で用事を聞くことにした。
「祭りの日に薪を買うやつなんてあるか」
「祭りだろうがみんな風呂は炊くし、飯は食うのよ」
明日、町一番の祭りがある。八幡さまを中心にたくさんの露店で賑わい、いくつもの山車が町中を練り歩くのだ。梅之助の用事とはその祭りに一緒に行こうというものだった。
「また青砥屋でぜんぶ買ってやらぁ」
「だいいち着物だって、ろくなものがない」
「それなら、これを着ろ」
よく見ると梅之助はなにやら藍色の着物を手に持っている。上質な藍染の色。何種類もの白や紺の雪紋が散りばめられていて、とてもめずらしく風流な模様。
「母ちゃんに借りてきたんだ」
「そんな高価なもの、お借りできない」
「いいんだ、おめえに着てほしい」
「あたしなんかが着ても似合わないわ」
「頼むよ、おいらの顔をたてると思って」
「なによ、それ」
「……頼む」
梅之助は泣きそうな顔で懇願してきた。
「無理よ」
ひどく落ち込んだ梅之助の表情をみて、六花も悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。祭りを楽しみたいのは六花だって一緒だった。きれいな着物を着られるだなんて、六花にとっては夢のような話。
……でも、無理だ。
そのとき、家の中から六花の父である巳之吉が顔を出した。ひどく苦しそうな表情を浮かべながら、ゆっくり玄関外にやってくる。
「六花……行ってこい、青砥屋の総領様に恥をかかせるな」
「お父……?」
「青砥屋のお坊ちゃん、どうか娘を頼んます。……こんな身でなければ、ご主人に御礼のご挨拶に伺うんですが、面目ねえ。ご主人にもよろしくお伝えくだせえ」
「ああ、任せておけ」
そうして巳之吉は、げほげほと咳をしながら再び家の中に帰っていった。
父の背中を目で追いつつ、惚けた表情を浮かべる六花。大喜びで抱きついてきた梅之助にしばらく気づかないくらい、放心していたのを覚えている。
最初のコメントを投稿しよう!