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「行くわけないじゃない」 「なんでだ」 「商いがあるもの」  心地よい秋風が吹き抜ける昼下がり。老舗(しにせ)織物問屋の総領息子さまがいきなり川縁(かわべり)のおんぼろ小屋なんかにやってきたのだから、六花(りか)も大慌てだ。無理に病床から起き上がろうとする父を弟たちに預け、六花は玄関外で用事を聞くことにした。 「祭りの日に薪を買うやつなんてあるか」 「祭りだろうがみんな風呂は炊くし、飯は食うのよ」  明日、町一番の祭りがある。八幡さまを中心にたくさんの露店で賑わい、いくつもの山車が町中を練り歩くのだ。梅之助の用事とはその祭りに一緒に行こうというものだった。 「また青砥屋でぜんぶ買ってやらぁ」 「だいいち着物だって、ろくなものがない」 「それなら、これを着ろ」  よく見ると梅之助はなにやら藍色の着物を手に持っている。上質な藍染の色。何種類もの白や紺の雪紋が散りばめられていて、とてもめずらしく風流な模様。 「母ちゃんに借りてきたんだ」 「そんな高価なもの、お借りできない」 「いいんだ、おめえに着てほしい」 「あたしなんかが着ても似合わないわ」 「頼むよ、おいらの顔をたてると思って」 「なによ、それ」 「……頼む」  梅之助は泣きそうな顔で懇願してきた。   「無理よ」  ひどく落ち込んだ梅之助の表情をみて、六花も悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。祭りを楽しみたいのは六花だって一緒だった。きれいな着物を着られるだなんて、六花にとっては夢のような話。  ……でも、無理だ。  そのとき、家の中から六花の父である巳之吉(みのきち)が顔を出した。ひどく苦しそうな表情を浮かべながら、ゆっくり玄関外にやってくる。 「六花……行ってこい、青砥屋の総領様に恥をかかせるな」 「お父……?」 「青砥屋のお坊ちゃん、どうか娘を頼んます。……こんな身でなければ、ご主人に御礼のご挨拶に伺うんですが、面目ねえ。ご主人にもよろしくお伝えくだせえ」 「ああ、任せておけ」  そうして巳之吉は、げほげほと咳をしながら再び家の中に帰っていった。  父の背中を目で追いつつ、惚けた表情を浮かべる六花。大喜びで抱きついてきた梅之助にしばらく気づかないくらい、放心していたのを覚えている。
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