織原 ゆづか ①

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織原 ゆづか ①

 その日は朝から日差しが強く、行き交う人々の肌をジリジリと焼き続けていた。ハンカチを手に顔を拭くサラリーマン、日傘を片手に歩く淑女、自動販売機の側で水を流し込む若者。そんな風景のなかに彼女、【織原 ゆづか】は混ざっていた。  今日は五年ぶりに高校の同窓会が開かれる。彼女はそのために美容室へと向かう最中であった。  少しばかり向かい風が強い。彼女の真っ直ぐな亜麻色の髪も靡いて流れて行く。そしてそのたびに視界を遮られていく。  セットしてもらってもこの風ではすぐに乱れてしまうだろうか? そんな想いが胸を巡る。それでも彼女は美容室へと向かう歩みを止めることはできなかった。  卒業しても五年に一度は集まろう。そういって始まった三年C組の同窓会も三回目、皆相応に歳を重ねていく。きっとおばさんと呼べる見た目になった者もいるだろう。男子生徒の中には、もしかしたらオデコが広くなってきた人もいるかもしれない。  しかし彼女は容姿に人一倍気を使って来たつもりであるし、肌の張りも体型もキューティクルも若い時の状態を維持できた自負がある。また、他者からも若く見えますという評価をもらうこともある。  未婚を貫き一人で暮らしているが仕事もバリバリこなし、部屋も都内で一人暮らしするには十分過ぎる部屋に暮らせている。  仲のよかった女友達も久しぶりに会うが、きっと私が一番綺麗だろう。社会的にもクラスの中で上位に入れる成功者だろう。  だからこそ、より綺麗であるために美容室は欠かせないのだと彼女は本気で考えていた。一部の女性、いや性別問わず一部コミュニティにおいては、マウント合戦が繰り広げられるというが、彼女達もそうなのだろう。  美容室まで残り三00メートルほどのところで、彼女は突然右腕に衝撃を感じてよろけてしまった。衝撃のする方を向くといかにも垢抜けない、上京したての大学生くらいに見える女性が、狼狽えた表情でゆづかのことを見ている。  きっとすぐ近くのビルの裏道を抜けてきたのだろう、そしてぶつかったのだ。ぶつかってきた彼女は何度も何度も頭を下げ、丸メガネもずれてきている。そんなに何度も謝らなくても……そんなに私の器は小さくないわ。と思いながらゆづかも彼女に大丈夫だからと告げている。それに何より、美容室の予約までもう時間がない。ゆづかが早々に立ち去ろうとすると、彼女はメモと小瓶を渡してきた。 『もしケガか何かあればこちらに連絡先ください。×××-××××-×××× 鳥海 幸子』  そして小瓶の中身は……何だろうか? パッと見、何かの種に見えるがゆづかには何だかわからなかった。と、ここで立ち止まってる場合ではない。バッグに押し込んでから早々と走って向かった。鳥海という女性は頭を下げたまま、ゆづかを見送った。  美容室に着いたゆづかは、いつもお願いしていた美容師にいつも通りの注文をする。もう四年もここに通っており、初めて来たときからこの美容師に切ってもらっているのでもう慣れたものだ。以前は雑談もよく弾んだし密かな楽しみではあったが、昨今のウイルス騒ぎも今では落ち着いたとはいえ、やはりその時の影響もありここ二年近くは雑談もほどほどに淡々とした時間が過ぎていく。  用意された雑誌を手に取りカットが終わるのを待つ。付き合いも長く信頼も厚い相手故に雑誌に集中出来ている。流行りの服、流行りのアイテム、下卑た記事ばかりの週刊誌。一通り気になる部分に目を通し終えたところを狙ったかのようにカットが終わったようだ。うん、いつも通り素敵な出来映え。彼女は心の中で頷き、会計を済ませ店を出ようとした。  ドアを開けた時に目に飛び込んできたのは行き交う人達の姿。さっき読んだ週刊誌の影響だろうか? この中にもいるのだろうか? 自分なりの幸せを見つけたはずなのに後悔している人が。そして違う幸せを求めてしまった人が。若いカップル、年老いた夫婦、ベビーカーを押しながら歩く夫婦、近づき過ぎない程度に並んで歩く学生の男女。そんなことを考えてしまった。同窓会は六時から、まだ残り三十分あるが店までは五分も歩けば着く。早めに行っておくか少しウィンドウショッピングでもしていくか。そう思案している彼女の視線は一人の女性を捉えた。  ゆづかと同じクラスであり今夜の同窓会にも参加する【高槻 瑞香】の姿。彼女は高校時代、ゆづかとは違うグループに属しており話したことは少なかったが絹糸のような長髪、スラッとした体型、そして性格が良かったらしくクラスでは男女問わず好かれていた。┃┃ゆづか達を除いては。  ゆづかは彼女が嫌いだった。別に喧嘩したわけではない、意見の相違が出るほどしっかり話したこともない。ただひとつ、彼女が皆に愛されてるのが気にくわなかった。今思えば高校生とはいえ幼稚な感情であったことは否めない。しかし、当時から自分の容姿、才覚に自信のあったゆづかを差し置いてチヤホヤされている存在……それが気にくわなくて仕方なかったのだ。しかし、今ではそんな醜い想いなど消え去っていた。なぜなら、瑞香は当時の面影をうっすらと残しているものの、体型は有り体に言えば肥えており、服も明らかに流行から外れた安物にしか見えない。逆に言えばそれでも瑞香とわかる面影が残るほど整った顔立ちであったのだが。そういえば。瑞香は前回の同窓会は出ていなかったということを思い出した。理由は覚えていないが会うのは十年ぶりということになる。いくら高校のとき、意識していた相手とはいえよく覚えているもんだと我ながら少し呆れてしまった。  こうやって皆の変化を少しでも早く見てみたい。ゆづかはその思いから早めに会場に向かうことにした。
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