織原 ゆづか ②

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織原 ゆづか ②

 五年ぶりの同窓会、参加者はクラスの八割といったところだろうか。ある程度の派閥こそあったものの、基本的にはまとまりがあり先生の手をあまり煩わせなかった、いわゆる《良いクラス》だった名残か、時間には全員集まっており予定通りに始まった。  ゆづかは当時から仲のよかった【伊達 京子】と【安斎 真奈美】と並んで飲みながら近況報告をした。今でも仲が良いとはいえ、基本的に各々仕事が忙しく三人で顔を合わせるのは一年強ぶりとあり話も弾んでいた。LINEやZOOMといった手段で話したりはしていたがやはり、直接会って話すとネットを通じてでは伝わらない空気もある。京子は大手通信会社で、真奈美は私立高校で教師をしておりそれなりに充実した日々を送っているようだ。勿論、仕事の愚痴も各々にぶちまけているが。  そんな三人も三十分もすれば違うグループ達の話にも混じりだし散り散りになっていく。手持ち無沙汰になったゆづかが、誰かに話しかけようか思案していると反対の席から男が一人、向かってくるのが見えた。グレーのスーツに身を包み、短く切り揃えられた髪が憎たらしいほど爽やかさを演出する。ゆづかはその顔を見るなりウンザリとした気持ちになったが、十五年も経つのだ。今さらお互いに痼など残っていないだろう。と、隣に座るように促した。  男の名前は【井田 良輔】、高校時代はサッカー部のキャプテンを勤め、今はどこかで営業をやっていると聞く。彼はどこか照れ恥ずかしそうなハニカミを見せゆづかの横に座る。手に持っているのはレモンサワーか。それにしてもいい歳してそんな表情が出来るとは。営業マンらしくもっと如何にもな笑顔で来たらいいものを。と、ゆづかは少しばかりあきれ返ってしまった。昔から変わってない……そんな表情を。  良輔は挨拶も適当に、近況を話し出した。正直、ゆづかは興味がなかったがわざわざ遮るほど嫌というものでもない。ひとまず聞くことに徹し相槌を打つ。どうやら課長昇進も狙えるところにきたらしい。他にはプライベートなところで釣りを始めたこと、草野球を始めたこと、長年のパートナーだった犬が三年前に虹の橋を渡ったこと、婚約したこと。  婚約┃┃。その話を聞いたとき、ゆづかの胸に鋭い刃が突きつけられた感覚に陥った。彼女はその感覚を《否定する》ためにグラスに残った深紅のワインを飲み干し、話を切り上げ、戸惑う良輔を置いて席を移動した。  おめでとうの一言も言えない自分の心の狭量さか、それとも私にそんな話をする良輔の無神経さか。どこかモヤモヤした気持ちを払拭するため、次は恩師の席へと足を運ぶ。先生の朗らかな雰囲気は安心感があるので、昔から生徒達からの人気は高かった。  恩師【村上 哲人】は今は教頭をしているらしい。ゆづかを見つけると当時と変わらぬ穏やかな笑顔で迎えてくれた。当時三十代半ばだったか、今は流石にある程度老いも見えてきているがまだまだ元気に見える。薄いどころか肌色が目立つ頭頂部に時代の移ろいを感じるが。ゆづかは村上に挨拶をし、今も頑張れているのは先生のおかげですと伝える。社交辞令でもなんでもない、本音として。  当時、ゆづかは恋をしていた。同級生なんて子供っぽいと感じていた彼女は、安らぎをくれる村上のことを好いていた。勿論、倫理上問題があるため在学中も卒業時も告白などしなかったが。あのとき、告白していたらどうなっていただろう? 今も村上が独身であるという事実がなおのことifを考えさせる。人生はプログラムではない、ifなんて無いこともわかってはいるのに。  村上はすっかり禿げ上がった頭を寂しそうに撫でながら大人になった生徒達を優しい眼で見ている。そこにはきっと安堵と羨望が含まれているのだろう。歳は重なるもので決して削れたり、倒れて積み直しになったりすることはない。将棋の香車のように前に進むしか出来ないのだ。それでも、村上と談笑していると当時に戻ったような感覚を覚える。今からでも……遅くはないだろうか?  そんなことを考えているとまた別の女性が挨拶にやってきた。それも、よりにもよって瑞香である。瑞香は、ゆづかと村上に挨拶をし会話に混ざってくる。聞けば、七年前に結婚し六年前に出産。前回の同窓会は子供がまだ小さくとても参加できる状態ではなかったらしい。夫からは子供の面倒はみるから参加したらいい、と言われたらしいがその時期、激務が続いていた夫を少しでも休ませたかったという。  献身的なエピソードからは、やはり当時の性格のままなのだなという感想が生まれた。しかし改めて見てもここまで変わるかと容姿の変化にも驚きを隠せない。ゆづかはその辺りを聞いてみたかったが、流石に直球で聞くわけにはいかないので化粧品の話題から伺うことにした。  そこで瑞香の口から出てきた化粧品の名前や服の話題はゆづかにとってあまりにもショックなものだった。美容に気を使う様子など微塵も感じられない物ばかり使い、着ている。妬むほど優れていた容姿のケアなどしていないも同然だった。どうして? と、問い質したかった。だが、それより先に瑞香が続けた。夫が一年半前リストラにあい、生活再建の最中だということ、少しでもお金に余裕があるなら家族で美味しいもの食べたり、子供に何か買ってあげたいこと。どれだけ苦労してても文句も言わず頑張る夫、天真爛漫で優しい子供、パート先の優しい同僚達、これだけ好きな人に囲まれる幸せがあるからそれ以上は望む必要もないと瑞香は語った。  何も、人の幸せを否定したいわけではない。そういう生き方があることも十分わかっている。しかし、それでもゆづかには衝撃であった。それはまるで、お気に入りのガラスの容器にヒビが入っているのを見つけたような。一方、村上はその話を聞きながら、頑張っている元教え子の姿に目頭を熱くしたようだった。  やがて、三度目の同窓会は終わり、帰り支度をしていたところし、京子と真奈美に二次会に誘われたので断るわけにもいかない。三人で近くの個室居酒屋へと向かうことにした。
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