織原 ゆづか ③

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織原 ゆづか ③

 京子が見つけた個室居酒屋に入った三人。土曜日ではあるがフラッと入ってもあっさり座れた辺り、未だに例のウイルス騒ぎの後遺症は残っているのかもしれない。ひとまず奥の方の個室に入り、各々お酒とちょっとしたつまみを頼む。  アジアンテイストな装飾に囲まれてなかなか雰囲気はいいところだが、真奈美はこの店の冷房が少し強いのを気にしているようだ。確かに日中暑かったとはいえ日が落ちた今、効きすぎているのも困り者である。お酒を持ってきてくれた店員にその旨を伝えると設定温度を上げてくれたうえに、ブランケットまで貸してもらえた。  三人は店員が下がるとおもむろに同窓会の感想を話始めた。昔人気があった男子が小太りになってたこと、地味で目立たなかった子が垢抜て別人のようになってたこと、学年最下位だった男子は学者になってたこと、そして、瑞香のこと。ゆづかは瑞香に対して良い感情を持っていなかったとはいえ、京子や真奈美は別にこれといった想いは無かったので変貌っぷりに素直に驚いていたようだ。あまり深く話すわけにもいかないので話題を変えようとしたそのとき、真奈美が意を決したかのように口を開く。  どうやら、ゆづかと京子の二人には直接顔を見て話したい、だから二次会に三人だけで来たかったとのことだ。真奈美の口から告げられたのは結婚の報告だった。  真剣な眼差しで結婚することを報告した真奈美。まるで自分のことのようにはしゃぐ京子。そして後ろから刺されたかのような意表を突かれ、事態が飲み込みきれないゆづか。  気付けば流れるままに乾杯し、自分の意思など関係なく場を包むお祝いムードに飲み込まれていた。結婚どころか恋人がいる素振りすら感じさせなかった真奈美が、性格は良いが容姿に関してはゆづかや京子に比べ、二枚は落ちる真奈美が真っ先に結婚するとは。  そんな澱んだ感情が体に溜まっていく。素直に喜びたい純粋な気持ちを体内から排出するように胃のあたりから何かが込み上げてくる。気づけば、ゆづかはトイレに突っ伏していた。  別に結婚したいわけではない、もしするにしても相応の相手でないと意味がない。妥協するくらいなら一人で構わない。そう考えていた自分がこれほどにショックを受けた事実が更にショックとなる。  しばらく考え込んでいると、トイレから戻ってこないゆづかを心配し、京子と真奈美が様子を見にきた。二人は心から心配してくれているのだろうか? 真奈美を心から祝福出来ない私は性格が悪いのだろうか? 堂々巡りを始める脳内。  嫉妬した相手は例え姿が変わっても自分なりの幸せを見つけた。長年友情を育んできた友人も幸せになるようだ。さらに、昔私に告白してきてこっぴどく振った男も結婚するらしい。いや、恩師のように一人で生きる生き方もあるはずだ。しかし恩師には慕ってくれる生徒たちがいる。私は……私には何が残るだろうか。容姿をいくら維持しようとしても、やがて耐えきれなくなり若い子達には勝てなくなる。仕事がある? 瑞香の夫のようにいつまでも仕事があるとは限らない。辞めてしまえばそこに居場所は無い。  京子と真奈美は明らかに顔色の悪いゆづかをそのままにしておけないと思い、会計を済ませタクシーに乗り込む。ここから一番近い京子の部屋で休ませるようだ。  車内でもゆづかの脳内は勢いよく放たれた独楽のようにぐるぐると堂々巡りを繰り返す。しかし、流石に疲れたのか眠気なのか、京子の部屋に着いたときにはその勢いを緩めやがて、止まると同時に眠りに落ちた。  明くる朝、日が昇ると同時に頭痛で目を覚ましたゆづかは昨夜の失態を恥じていた。二人の前であれほどの醜態を晒すとは。頭痛も酷くする辺り、相当酔っていたのだろうか。近くでは京子と真奈美が静かな寝息を立てている。幸いなのは日曜日で仕事が休みということか。スマホを取り出そうと開けた鞄から何かが落ちてくる。  それは昨日ぶつかった女の子が渡してきたメモだった。昨日は時間が無かったため深く考えなかったが、改めて考えると変な子である。いくら向こうからぶつかったとはいえ、初対面の相手に連絡先渡すなど不用心極まりない話だ。そしてもうひとつ、謎の小瓶。この種は一体何なのだろうか?  そこに京子のあくびが聞こえてきた。どうやら起きたらしい。昨夜の醜態を詫びつつ改めて礼を述べる。京子は全く気にしていない様子で、笑ってくれたのが救いになった。真奈美が起きたら朝食にしようということでそれまで自然と三人の思い出話になった。  一年の時、ゆづかと京子が同じ部活で初めて会った時の話。二年で京子と真奈美が同じクラスになり、ゆづかと真奈美も親交を持つようになった話。三年で初めて三人同じクラスになり、卒業までの最後の時間を一緒に過ごした話。その中にはちょっとした喧嘩や、京子の初恋が叶わなかった話、親子喧嘩した真奈美を励ました話……語り尽くせない多くの思い出が甦ってきた。  あらかた語り終えたあと、京子がぼそっと呟いたこと。それはあまりにも普遍的で忘れがちだけど避けられないこと。時間は流れていく。川のように同じところを流れてたはずのものも違う流れに別れてしまうこともあること。  私はこの三人の関係に甘えすぎてしまっていたのだろうか。いつまでも三人で過ごしていけると。変わらないことは望んではいけなかったのかと。またしてもゆづかの頭をネガティブが蝕もうとしたところで、京子が続けた。  川の流れにもあるように、また合流する可能性もあること。そもそも時間は川じゃないし人間は時間じゃない、結婚しても三人の関係は変わらないということ。  やがて、ゴソゴソと起きて目を擦る真奈美が驚きのあまり、しっかり目を覚ますほど涙を流すゆづかの姿がそこにはあった。
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