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その時、
微かに鈴の音が遠くから聞こえた。
僕は耳を澄まし、
方向を探った。
もう一度りん、と
あの美しく魅力的な音が鳴る。
吸い寄せられるように
僕の足はその方向へと向かった。
今までにないほど夢中になって走った。
佐原さんから逃げる時よりも
遥かに力強く、
それは自分の意思を持った行動として
前へと向かった。
もう一度りん、と音がした。
先程よりも近い。
ふくらはぎや腕にはかすり傷が出来、
雨水や汗がそこに染みた。
そんな痛みですら僕に充足感を与えた。
りん。
徐々に近くなる鈴の音。
僕は足の回転数を更に上げた。
彼女は竹の後ろに隠れるようにして
石の上に座っていた。
その姿には
結婚の話をした時のような大きさはなく、
小さく寂しそうに見えた。
僕は
まだ気付いていない彼女の肩を叩き
息を切らしながら
「みーつけた」
と言った。
自分でも驚くほど明るい声だった。
落ち込んでいた気持ちが
すっかり消え去ったような感覚があり、
とてつもない晴れやかさが心を占めていた。
自然と口角も上がっていた。
彼女は
はっと嬉しそうな顔で振り向き
今までで一番の笑顔を僕に向ける。
そして膝を揃えて立ち上がった。
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