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癖がつき
硬くなった扇風機のコードを
縛って纏めていると
スマートフォンの通知音が聞こえた。
画面を見ると父からだ。
「来月は結婚記念日だから、
どこか旅行にでも行こう」
普段は
穏やかで物腰の柔らかい父だが、
文面は妙に堅い。
きっと仕事の連絡でついた癖なのだろう。
そして直後に
「どこが良い?」
とメッセージ。
結婚記念日なのだから
二人で決めてくれて構わないのに。
そう思いながら
優柔不断な両親を思い、
小さな鼻息と笑みがこぼれた。
返信は
片付けの後にでもしよう
と考えながら扇風機の持ち手を掴み、
持ち上げた。
押し入れの前まで運び、
色の褪せた扉を開けると
埃が舞った。
引越しの時の段ボールや
小さな荷物などが
いくつもその当時のまま
雑に収まっていた。
ふわふわとした埃が
今にも舞いそうな様相で
その上にまばらに乗っている。
ついでに
押し入れの掃除もするか
と思い立ち、
まだ重い体を引き摺りながら
雑巾を取りに
キッチンへと向かった。
キッチンには
洗ったまま片付けていない皿が
乾いていた。
それらをサイズ毎にまとめ、
隅の方へと追いやった。
引き出しを開けて
新しい雑巾を取り出すと、
それが何かのスイッチだったかのように
唐突に静寂を塗りつぶすような
ざーっという音が僕を包んだ。
小走りで部屋へ戻り、
レースのカーテンを
勢いよく開けると、
網戸の奥に青い空と入道雲。
いかにも夏といった景色が
広がっていた。
その景色に
もう一枚のレースを
かけるかのように
激しい雨が降っていた。
コンクリートが
雨で濡れる匂いと、
太陽の光で火照った空気を
冷ます雨の温度が、
僕の追憶を誘った。
まだ幼い頃の記憶だ。
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