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第三話
ホテルの部屋に入り、上着を掛ける俺を無言で見つめる彼の眼差しが熱い。
終始緊張した様子で黙って俺の後をついてくる彼はまるで従順な大型犬のようだった。
だけど彼の俺に向ける瞳の奥には従順とは程遠い油断すれば取って食われてしまいそうなほどの熱を宿していた。
犬の皮を被った狼ってとこかな。でも食っちゃうのは俺の方だけど。
予期せず手に入った最高の獲物に俺の胸は高鳴っていた。
「大丈夫?」
部屋の入り口で佇む彼の胸にそっと手を滑らせてみる。
着やせするタイプ……か。
手の平に感じる服一枚隔てた先の引き締まった彼の身体を思い浮かべ、目を細めた。
「君って――」
「あ、あの!」
はやる気持ちを抑え、緊張で動けない彼をリードしようとした俺の肩は彼の両手ががっしりと掴まれた。あまりの勢いに驚きを隠せない。
何だ?やっぱり無理だとでも言うつもりか。
「ど、どうかした?」
「名前……まだ聞いてなくて……」
は?何かと思えば……それは今気にする事なのか?ここまできたら名前なんてどうだっていいだろ。
身体の相性が良ければ何度か会う事もあるとはいえ大抵が一夜限りだ。
そんな相手の名前を知って何の意味があるのか。
せっかくの雰囲気を壊され溜息を吐く俺を不安そうな顔で見る彼に、仕方ないなともう一度溜息を吐いた。
「アイ」
不必要な詮索はしないというのが暗黙のルールではあるが、名乗り合うこともある。
そんな時に使う俺の名前が相川の相をとってアイだ。
「え?」
「名前、聞きたかったんでしょ」
「アイ……さん。俺、誠司、染谷誠司って言います!」
適当につけた俺の夜の名前を知り、嬉しそうに顔を輝かせる彼に不覚にもドキドキしてしまった。
「誠司君、シャワー先に使う?」
少し上にある彼の目を見つめ微笑みかけると俺の両肩から手を離し、真っ赤になって目を逸らした。
片思いの相手の手にふいに触れてしまったみたいな、一目で慣れていないとわかるこの反応。
もう少し彼の反応を見て楽しむのも悪くないな。
「俺は、その、入って来たので……」
バツが悪そうに俯く彼は耳まで赤く染めていた。
へぇ……慣れてないわりに準備は万端ってわけか。
予想とは違う彼の返事に悪戯心が湧いた。
「僕は入ろうかな。脱がせてくれる?」
さぁどうする誠司君。
向かい合って立ち、戸惑う彼に挑戦的な笑みを投げた。
まぁ、彼には無理かな。緊張を顔に張り付かせている彼にふっと笑みを零し、ネクタイを外そうとする俺の手を掴む彼の目は熱を帯びていた。
「俺がします」
あ……この目。
この飢えた獣のような激しさを宿した目に、さっさとすべてを脱ぎ捨ててめちゃくちゃにされたい衝動に駆られてしまう。
でもだめだ。一時の感情で終わらせるには勿体ない。
まだまだ楽しませてもらうよ誠司君。
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