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公園の遊具たちが雨に打たれて濡れている。地面は泥と粘土でぐちゃぐちゃだ。辺りには人っ子一人いない。
いや、”知らない人”がいないと言えばいいのだろうか。
「ヒロ! ヒロも遊ばないかい?」
土砂降りの雨にもかかわらず君は傘を持たずに滑り台の上で僕を待っている。制服がブレザーじゃなかったら、ワイシャツが濡れて下着が透けてしまうというのに、君はまったく気にしない様子だ。
「子供でも雨の日は遊ばないぞ」
「子供じゃないから雨の日に遊ぶんだ。晴れていたら公園は子供たちに占領されてしまう。なら、彼彼女らより年が上の者は雨の日に遊ぶのが正解だろう!」
「雨の日は危ないから遊ばないんだ。いいから降りてこい」
僕が声を張り上げても、茜は僕の言葉を一切聞かない。子供のようにニッと笑みを浮かべて「イ・ヤ・ダ」と口にする。
滑り台を足の裏で滑り降りて、砂を蹴飛ばしながらブランコの方へ行く。
ブランコの柵を片手に重心を掛けて飛び越えて、ぶら下がっている板に足を乗せて板に繋がられている鎖を手で持ち、こちらを見下ろしていた。
この公園に寄るつもりはなかった。学校帰りに、突然の夕立に見舞われて雨宿りをしていた茜に見つかったのが運のツキだ。
掃除当番ではなかった茜は帰り道に雨に降られてしまい、本屋の前で雨宿りをしていたのだが、たまたま掃除当番で遅くなり、尚且つ本屋に用事があり学校に置き傘をしていた僕は、茜にとって渡りに船だったのだろう。
「ヒロは友人を見捨てないよな?」と言われて断れる人間はいないだろう。
別に僕だって茜を傘に入れて帰らないことはない。だが、茜と帰ろうとすると十中八九、寄り道をするから困ったものなのだ。
「いい加減、帰るぞ」
「え~~」
「そんだけ濡れてるなら、傘は必要ないだろう。僕は先に帰る」
そう言って歩き出す僕の腕を、茜はブランコを降りて僕に駆け寄り、僕の腕を掴んだ。長い間、雨に濡れていた茜の手はとても冷たく、身体も冷えてしまっているだろう。
僕は短く息を吐いて、ポケットから青のストライプ柄のハンカチを取り出して茜の耳に掛かる髪を少し拭った。
「このままだと風邪を引く。帰ろう?」
「………ん」
「手ぇ、繋いでやろうか?」
茜は無言で頷き、僕の手の平に自分の手を重ねて握った。想像通り、茜の手は冷たくて冷えてしまっていることが分かった。
僕は自分の熱が茜の身体に移れ、と念じながら固く握る。
雨の中、交通量の少ない道を僕と茜は二人だけで歩く。一つの傘を使っているせいだろうか。世界が僕たち二人と切り離されたかのような錯覚になる。
このまま時間が止まっても良いとは思わない。けど、この時間が居心地が良いのは確かだ。微睡みのような優しくて甘い誘惑の中に浸っていると、突然横を歩いていた茜が「あ!」と声を上げた。
「あ、ヒロ。虹だ!」
子供のようにはしゃぐ茜は、雲の隙間から除く虹を指さしている。
どうやら僕が感傷に浸っている間、雨はすっかり止んでいたようだ。
空間が僕たちだけではなく、周りの人々も映し出し、現実に戻ってきた感覚がした。
「虹、綺麗だよな」
「……そうだな」
茜色の空の中、鼠色の雲間に掛かる虹と茜の嬉しそうな横顔を眺めながら、僕はもう一度「綺麗だ」と呟いた。
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