夕立のコルネット

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「俺に何か用?」  低い、ぶっきらぼうな声に(ひる)みそうになる。塩見は傘を持つ手に力を込めた。 「急ぎじゃないのか。なら、一人にしてくれ」  そう言われて、全く傷つかないと言ったら嘘になる。誰にでも気軽に話しかける塩見が、同じように磯村にも接しているというだけの間柄でそう思うのは、図々しいことなのかも知れないが。  しかし、塩見は彼がここにいる理由を知っていた。少なくともその一因を。今日の昼、級友の一人が新しく出来た彼女のことを数人に話していた時、思わず磯村の姿を探した。自分の席にいた彼は酷く強張(こわば)った表情だった。  磯村にとって今日は、彼が幼馴染みの鈴木美沙(みさ)を失った日、あるいは、失恋した日だった。  一連のことを思い返して、塩見はやるせない気持ちになった。次から次へと落ちてくる雨がやかましい。 「邪魔はしない。だから、ちょっとの間ここにいていいだろ?」  磯村の目は冷たいままだったが、数秒すると疲れたように視線を外した。都合よく解釈して、1メートル以上距離を置いて塩見も段差に腰を下ろす。早速尻に水が染み込んできた。  この場所からの風景は半分以上が灰色だった。端の部分だけが見える第2グラウンドでは、灰色の砂の上の水溜まりに引っ切りなしに波紋が広がっていた。上空にしばらく居座りそうな雲の彼方(かなた)には、水色と薄だいだいの晴れ間が(のぞ)いている。向かって左側には秋の色になりつつあるサクラやスズカケノキが寂しげに並んでいた。  前触れなく、磯村はコルネットを構える。流れてきたのはCMで使われている軽快なクラシックだったが、リズムはどこか重たく、音も水が混ざったようなプツプツという聞き慣れない音だった。  
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