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短い演奏が終わると、磯村の均整の取れた唇から溜め息がこぼれた。
「塩見。お前……二人を助けたんだろ? 美沙から聞いた」
磯村は顔を正面に向けたままだ。言わなくていいことを、と彼の幼馴染みに心の中で抗議する。
彼女とは一年の時の同級生で、その縁から、友人のことを教えてほしいと頼まれたのは本当だった。それが夏休みの前。八月には反対に、友人が彼女のことを知らないかと尋ねてきた。塩見は二人のリクエストに応じただけで、過度の肩入れも打算的な思惑もなかったはずだ。
だが、二人の状況を前々から知っていたという事実に、一抹の罪悪感を覚えた。
「両方に相手の趣味を教えたことが『助けた』に入るなら。俺のこと恨む?」
「いや」
否定した声は暗かった。
風で時折吹き込む雨粒と水を含んだズボンが、体を少しずつ冷やしていた。濡れたシャツを肌に貼りつかせた同級生はもっと冷えているだろう。
肩にもたせかけた傘を意識しつつも、塩見は相手との間隔を詰めようとはしなかった。自業自得だ、と突き放すような感想が浮かぶ。たぶんこれは、意気地なしの自分を正当化するための方便だ。
衰える気配のない雨が、塩見のいる世界でザアザアと降っていた。
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