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「俺に同情してんのか?」
抑揚のない問いかけに、塩見は小さな目を半眼にした。
「同情なんてしないよ」
ポロッと口にしてからしまったと思ったが、咄嗟にごまかすことは出来そうになかった。磯村は無表情でこちらを窺っている。
「そう、俺も事情があって落ち込んでるんだ。同じような気持ちって意味では『同情』かもね」
「……もしかして」
「何?」
少し間を開けて、磯村が言った。
「塩見も美沙のことが?」
騒がしい雨の音が、一瞬、消えた気がした。
ドッドッと心臓が嫌なテンポを刻み始めた。何も考えられない。最初に頭を覆ったのは怒りの感情で、それからだんだんと、別の苦しい感情が湧き上がってきた。
そんな自分を抑えるように、塩見はうつむいた。大きく深呼吸。湿度の高い空気が肺の中に流れ込む。
「ハズレ。だから、そんな怖い顔するなよ」
明るく言おうとしたのに声が勝手に震えた。もう一度呼吸を整える。
「もしそうなら、あいつらに協力してないから」
こんな様子では磯村に疑念を抱かせるだけだ。でも、塩見もギリギリだった。心に浮かんだままに「お前は馬鹿なのか?」と苛立ちをぶつけてしまったら、きっと抑えがきかなくなる。
窓の外で響いていた、トランペットによく似た音色。それを聞いた塩見は今、磯村と二人で夏の終わりの雨の中にいる。理由が単なる同情や彼の的外れな憶測とは別であることは、自分でも嫌と言うほど分かっていた。
楽器経験者でもないのに、磯村の楽器がコルネットだとちゃんと知っている理由なんて、それ以外に何がある?
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