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 食べ終わる頃、テーブルの向かい側で朝食を取っていた男が、独り言のように言った。 「夕べは、瞳ちゃんの役に立てなくて、残念だったな」 瞳は、昨夜のことを思い出し、全身をこわばらせた。  男は、そんな瞳に気付いているのかいないのか、急に 「おばさんから聞いてると思うけど、もうすぐ迎えの船が来るから。ご両親も一緒だって。良かったね!」 と、まったく別の話題を振ってきた。  だが、瞳にとっては青天の霹靂だった。女は、「船が迎えに来る」とは言っていたが、瞳の両親も一緒だとは、一言も言っていなかった。 「え・・・ほ、本当ですか? パパとママも、ここに来るんですか?」 「うん、そうだよ。・・・え、おばさんから聞いてなかった?」  瞳は、その質問には答えなかった。下を向き、腿に置いている手を拳にして、力いっぱい握り締め、涙を堪えるのが精一杯だった。
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