第一話

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第一話

 無駄なぐらいに広い広い、大理石の床が広がる巨大な部屋。無数の窓が並び、自然光が大量に取り込まれて、室内はこれでもか、と言わんばかりに明るかった。  そんな空間には、二人しかおらず、広い空間であるにも関わらず、隅っこの方で話をしている。 「召喚できるだろう?」 「無理です。神々の取り決めで、『自世界の問題は自世界で解決すること。救済を求めて勇者や聖女、御子などと言った人物を異世界から召喚することを禁ずる』となったんです。100年ほど前に」  面倒くさそうにそう言って、フェイルは部屋を後にしようとした。が、背後から羽交い締めにされて身動きが取れなくなった。 「つれないことを言うなよ、勇者や聖女じゃなければいいんだろう?」  自分より頭一つは小さいフェイルを、羽交い締めにしたままでガリアスは言う。 「違います!自世界で解決すること、です。あなたの嫁は自世界で解決出来ることでしょう?国中のオメガと面接でもなんでもすればいいでしょうに」  ジタバタと暴れながらフェイルは言う。 「それは、もうやった。お触れを出して、国じゅうの未婚のオメガを年齢性別問わず城に招待して面接した」  ガリアスが吐き捨てるように言った。 「いつの間にそんな大掛かりなことをしたんですか」  背後にいるガリアスを睨みながら、フェイルは言った。 「二年かけてやったんだよ。フェイル、お前は研究ばかりしていたから知らないだろうけどな。結構な予算をかけたんだぜ」  何か偉そうにガリアスが言うものだから、フェイルは一瞬納得しかけたけれど、直ぐに思い直した。 「にっ、二年?それで魔道研究の予算が削られていたのかっ!」  思い当たる事があり、フェイルはさらに暴れてガリアスの束縛から逃れた。そうして、ガリアスを睨みつけた。 「お前っ、お前の我儘のために魔道研究の予算を使ったのかぁ!」  ガリアスの鼻先に人差し指を突きつけて、フェイルは叫んだ。 「おいおい、一国の王子を指さしてお前呼ばわりって、不敬極まりないぞ」  フェイルの指先をガッツリと掴んで、ガリアスは笑う。身長で完全に負けているフェイルは、下から恨めしくガリアスを睨んだ。 「だからぁ、これ以上予算を削られたくなかったら、俺の運命をサクッと召喚しちゃてよ」  フェイルの恨み言など聞こえてなどいないかのように、ガリアスは勝手を口にする。 「人の話を聞いてなかった?ねぇ、神様たちの会議で 異世界召喚は禁止になったの!あんたの嫁問題なんか、召喚の儀式使わなくても解決するでしょう?」  フェイルがそう言うと、ガリアスはふんぞり返って人差し指をフェイルの前で左右に振った。 「わかってないなぁ、フェイルくん。俺の運命の番が、この国にいなかったわけだよ。だとすると、だ。俺のオメガは反対側の、すっごい遠くの大地に暮らしているかもしれないわけだ。な?と、なると探しに行くのにものすっごく金がかかるよなぁ?」 「…………」 「俺が反対側の大陸まで移動するとなると、護衛とか侍従とか、ものすごい人数で移動するだろ?そうなると、莫大な予算を組まなくちゃいけなくなるよな?と、なると、だ。まぁた、魔道研究の方から融通を効かせて頂くことになるのかなぁ……なんて?」  ガリアスがそんな風に話すものだから、フェイルの顔は赤くなった後に、青くなった。そして、わなわなと唇が震え出す。 「な?魔道研究が、大好きな魔法使いのフェイルくんには、大問題発生じゃない?」  ガリアスは、勿体つけるような言い回しをするけれど、要は脅しだ。 「あ、あんたの運命の番がこの世界にいる保証は?」 「それはぁ、分からないなぁ。でも、神様たちがダメって言ったんだから、異世界からは召喚されないでしょ?この世界にいる俺のオメガが召喚されるんじゃねーの?」  ガリアスは、楽しそうにそんなことを言う。 「あんたの運命の番が異国の姫君だったら国際問題になりますよ!」  フェイルがそう言うと、ガリアスは鼻で笑った。 「それこそ、もーんだーいなーし。だって俺は王子様よ?お姫様なら、そのまま王族同士の婚姻じゃん、政略じゃなく結婚できるんなら万々歳よ!それに、万が一、俺のオメガが、異国の地で苦しい生活をしていたとしたら、召喚での一発逆転人生薔薇色」  とことん能天気発言をするガリアスに呆れつつ、フェイルは既に流されかけていた。 「な?自世界で解決するように神様たちが決めたんなら、俺のオメガはこの世界にいるわけだ。だから、俺の嫁を召喚してなんの問題もないっ!」  ガリアスに力説されて、それもそうだと納得してしまった。 「はいはい、分かりましたよ。じゃああんたの嫁を召喚しましょう」  なおざりにそう言って、フェイルは魔道具を取りだした。 「じゃあ、召喚の魔法陣を描くから、離れて離れて」  ガリアスをしっしっと、追い払うように退かすと、フェイルは床にしゃがみ込んだ。 「行動が早いねぇ」  ガリアスが、感心したように言うと、フェイルは顔を上げてこう言った。 「おい、離れろ。描きかけの魔法陣を踏むな。それから、俺に食事を用意しろ。書き上げるのに3時間ぐらいはかかる。その間にお前はもう少し身嗜みを整えろ」  とても一国の王子に言うような口調ではない。しかし、ガリアスは全く気にしていなかった。そもそも、ガリアスとフェイルは幼なじみだ。フェイルは宰相の息子で魔導バカだから、幼き頃から魔導のことになると人が変わったようになる。だから、ガリアスは慣れていた。 「わかった、この部屋に運ばせる。それで俺は、風呂に入って身嗜みを、整えてくるとしよう」  そう言い残して、ガリアスは部屋を後にした。残されたフェイルは、立ち去るガリアスを見送るでもなく、床に描いている魔法陣をじっくりと眺めていた。 「うん、バランスはいいな。これなら素晴らしい召喚の魔法陣になる」  完全に自画自賛しながら、作業に没頭していった。  途中、侍女がワゴンを押して軽食をもってきたけれど、フェイルは侍女の顔も見ずにお茶を飲み、サンドイッチを頬張る。スコーンにつけるジャムを、そのままスプーンで口に運ぶ。  ワゴンの上の物が全てなくなったので、侍女は一応挨拶をして部屋を後にした。作業に没頭しているフェイルは、それにさえも答えなかった。 「よし、完璧だ」  描き上がった魔法使いのを見て、フェイルはとても満足した。約100年もの間、放置されてしまった召喚の魔法陣。研究することを禁止された訳では無いので、資料としては残されていた。魔道オタクでもあるフェイルは、自分の立場も利用して、それら全てを読破していた。  だからこそ、その召喚の魔法陣を『ガリアスの嫁召喚』という、非常に個人的なものに作り替えて描くことが出来たのだ。 「よぉ、描けたか?」  風呂に入って、身嗜みを整えたガリアスがタイミングよくやってきた。 「ああ、今さっき、な」  そう言って、フェイルは自慢げに召喚の魔法陣を指さした。 「おぉ、凄いなぁ、さすがは国一番の魔法使い様だ」  ガリアスが床に描かれた召喚の魔法陣を褒めた。実際は何が描かれているのかなんて、さっぱり分からないけれど、美しく均整の取れた円や、様々な文字を組み合わせた模様のような作り、なにより、古代文字の羅列が幾何学模様の様に並んでいる。  フェイルが描きあげた召喚の魔法陣は、ある種の芸術作品のようだった。 「時間的にもちょうどいい」  窓から注がれる陽の光が、ゆっくりと赤みを帯びてきたのを確認して、フェイルは頷いた。 「召喚するのに、適した時間とかあるんだ」  はっきり言えば、古代文字が並んだ魔導書なんて、ほとんど読めやしないガリアスは、窓の外を眺めながら聞いてみた。 「適した時間はある。勇者や聖女は朝がいいと書いてあった。今回の嫁、というか、伴侶にあたる人物なら、夕方。空が夕闇に切り替わる時間帯が最適と書かれていた」  いつの間にそんなものを読み込んだんだ?と突っ込まずにはいられない、そんな情報をフェイルはサラッと言ってのける。 「使える日があるなんて保証もないのに、よく召喚の魔法陣の魔導書を、読んだなぁ」  ある意味感心してしまうが、こんな事態にでも、ならなければ、無駄な知識だったはずだ。 「知らないよりは、知っていた方がいいから読んだんですよ。現にこうして役に立ちましたし、知識があったから、召喚する対象を絞り込んだ魔法陣が描けた」  得意げに話すフェイルの顔は、幼なじみと言うより、宰相の息子と言うより、完全な魔道オタクになっていた。 「では、そろそろ儀式を始めましょう。最適な時間は直ぐに終わってしまう」  フェイルはガリアスを引っ張って、召喚の魔法陣の正面に立たせた。 「ここで、祈ってください。召喚したい者、つまりは運命の番が現れることを真剣に祈って」  フェイルは、普段と違って、ガリアスの肩を掴むと膝立ちになるように下に押さえつける。急に力を入れられて、ガリアスは焦ったけれど、祈りを捧げるのだから、膝立ちになるのは当たり前だと素直に受け入れる。  ガリアスの後ろにたち、フェイルが召喚の呪文を唱える。聞きなれない言葉の羅列に、戸惑うけれど、ガリアスは運命の番が現れることを切望した。 「番、番。俺の嫁、俺のオメガ」  口に出してしまっているのは、仕方がない。  フェイルが呪文を唱え終わった時、召喚の魔法陣になにやらモヤが立ち上る。 「ガリアス、来たぞ」  召喚の魔法陣の中央に、人が落ちてきた。 「いってぇ」  ドスン、と言う音が確かに聞こえたけれど、どこから落ちてきたのかは、全くわからなかった。けれど、確かに人が落ちてきたような残像を見た。  モヤがなくなり、膝立ちで祈りを捧げていたガリアスの目の前に、お尻を床に着けた状態で座り込む人がいた。 「俺の運命!」  その人物を見た途端、ガリアスはぶわぁっと言う効果音でも鳴らしたかのように、背後に花を背負ったかの勢いで、フェロモンを巻き散らかして、召喚された己の運命の手を取った。 「へ?……え?な、に?特撮?」  召喚されたガリアスの運命の番は、目を大きく見開いて、呆然としていた。  手を取り合う二人の背後で、フェイルは言葉を失っていた。なぜなら、召喚されたガリアスの運命が、黒髪黒目だったからだ。 「い、異世界召喚を…してしま、った?」  この世界に黒髪黒目はいないのだ。

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