3人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日の空は、胸がすくような日本晴れだった。
紙袋を手に提げて、姿勢よく歩く涼子の姿が、廊下の窓に映っている。元気よく揺れるポニーテールに、快活な性格を表す丸い瞳。久しぶりに会えた本来の自分は、以前と雰囲気が変わっていた。けれど、もう怖くない。
三組に着くと、引き戸から飛び出してきた生徒達が、教師に叱られながら走っていく。珍しくHRが長引いたようだ。今日もバス通学組は大変そうだ。
教室を覗き込むと、雪歩が涼子に気づいた。顔をほころばせて、席を立とうとする。雪歩に手を振った涼子は、窓際の席に視線を送った。
雪歩の表情が、固まる。隼人は席を立つと、通学鞄を持って廊下に出てくる。
「洗濯したよ。ありがとう」
「別にいいって言ったのに」
「お母さんにも、キッシュすごく美味しかったって伝えてね。家族も喜んでたよ」
「ああ、伝えとく」
隼人は頷いてから、廊下を歩きかけて、振り返る。
「俺も、明日から自転車通学にするから」
「へえ? 雨の日に当たったら大変だよ?」
「楽しそうに走ってたくせに、よく言う」
口の端を持ち上げた隼人は、片手を上げて去っていった。斜に構えた転校生は、あんな笑い方も出来るのだ。その時「涼子」と掠れた声に呼ばれた。
雪歩だった。大きな瞳が、不安で揺れている。涼子が隼人に近づいたのは先日のお願いの為なのか、それとも別の理由なのか、意味を図りかねているようだ。
以前の雪歩なら、前者を信じたはずだ。涼子が変化を受け入れたように、雪歩も一日一日、変化している。
「雪歩。一昨日の話だけど……ごめん。私は、雪歩に協力しない」
雪歩が、息を詰めた。涼子は、唇を引き結ぶ。
二人で虹を見上げた時に、呼び名を選ばせてくれた隼人の声が、涼子の心を決めたのだ。――フェアじゃない。そう、フェアじゃないのだ。涼子が自分の意思を知らないまま、雪歩の願いに応えるのは。
恋とか、愛とか、青春とか。そんな名前を持つものが、涼子の日常を変えるのだとしても。正々堂々、向き合いたいのだ。初めて見つけた、この気持ちに。
「私も、隼人が好きだから」
立ち尽くす雪歩に背を向けて、走り出す。早鐘を打った心臓の音が、昨日の夕立みたいに騒がしかった。虹色の光彩が弾ける青天の下へ、涼子は全身で飛び込んでいった。
最初のコメントを投稿しよう!