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プロローグ
グラフはエモニエ国の第二王子であった。
大陸で魔王の存在が確認されて十数年。
エモニエ国だけでなく、大陸中のそこかしこで魔物の被害が相次ぎ、瘴気によって大地は枯れ、家畜が死に、人々は飢え苦しんだ。
「グラフ様!!」
「グラフ!!」
ダッドーリャ山脈の麓、旧クサンテ地区の教会跡地は、ただの焼け野原になっていた。
グラフの名を呼び、駆け寄ってくる複数の足音。
彼らはこの大陸にある国々の精鋭たちだ。
魔王討伐のため、それぞれのわだかまりを乗り越え協定を結んだ。初めこそ反発し合ったものの、苦楽を共にし、今では皆かけがえのない仲間だった。
魔王の瘴気の影響ですっかり不毛の地となった大地に吹く風は、今日は殊更に焦げ臭くて埃っぽい。
仲間たちは皆、祖国ではその道の第一人者として、輝かしい立場にいる者達ばかりだった。
だと言うのに、魔術師の真っ白なローブも回復師ご自慢の艶やかな肌も、今や誰も彼もが血と泥にまみれ、またはどこかしらを欠落し、見るも無惨な姿であった。
その中でも特にひどい有様なのがグラフだった。
鮮やかだった赤い髪は血の色に染まり、所々が焦げて黒くなっている。
「……っ……ぁ、ま、魔王、は?」
魔王との戦いの末、焼け爛れた大地に伏したまま、グラフは喉をひきつらせて尋ねた。
もう顔を動かす事も、指一本にも力が入らない。だのに、なぜだか、全身の震えが止まらない。
「ああ、今エミリオが確認した。魔王の気配はなくなった。もう、跡形も……」
「やりましたよグラフさん……やっと……っ」
ーー良かった。
グラフは僅かに微笑むと紫の瞳を静かに閉じた。
浮かぶのは、祖国の家族に、慕ってくれた臣下や侍女、旅の途中で出会った人たち……そして共に戦った仲間の顔。
涙が一筋、汚れたほほを伝い、グラフは最期に長い息を吐いた。
願わくば、どうか皆が笑って、幸せに……。
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