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勇者の生まれ変わり
カツカツカツと、人気のない回廊を足早に歩く人影がひとつ。
華やかな音楽はまだ鳴り止まないが、次第に遠のいていく。反して辺りは暗い静寂が深まって行った。
「仕方ないとは言え……」
ポツリと零した声が、思いの外良く響いて口を紡ぐ。
歩きながら、服のヒラヒラとした装飾を手早く外していく。仕立屋に相談して、取り外しが可能な特別仕様の夜会服を仕立てて貰ったのだ。状況としては嬉しくないが役に立って良かった。
装飾を粗方取り終わった頃、後ろから侍女がひとり、駆け足で追いかけて来た。その手には、長剣が一本。
「ありがとう。やっぱり剣だけでも持ってきておいて正解だったね」
振り返りもせずに、そのまま歩きながら取り外した装飾を侍女に渡し、かわりに長剣を受け取る。
「どちらへ向かわれているのですか?」
若干息を弾ませながら侍女が尋ねる。
「王妃の庭園の、東の森に面しているあたり。人が少ないところでよかった」
まさかグラフ祭の真っ只中に、城に魔物が侵入したなんてことがバレたら一大事である。
長剣を腰に着け、撫でる。
(やはり腰に剣があると落ち着くな)
今世では、どれほど鍛えても細腕のままである自身に合わせて作らせた、かつての無骨な愛剣より、ひと回りもふた回りも小さく軽い剣である。職人の勝手なこだわりで華やかな装飾がつけられたのは複雑だが、使い勝手は流石に時代の流れを感じる見事さだ。
「よし」
準備が整うのとほぼ同時に、先程侍女に予告した場所に到着する。僅かな篝火の中、目視は出来ないが、魔物の気配がそこかしこに感じられた。
(踊っている時から気になって仕方なかったけど、本当に誰も気づいていないんだなぁ)
侍女や護衛騎士が言うには、今の世では魔物の気配を感じられる様な人間はいないのだという。ふと、意識を我が婚約者に向ける。
(うんまだ夜会の会場にいるな)
お守りと称して渡したそれを、婚約者は律儀に肩身離さず持ち歩いてくれている。もちろんそれはお守りとしての効果もあるのだが、実のところ、婚約者の位置情報を把握する為のものであった。
前世、旅の途中で知り合った自分と同じ赤髪の魔術師から教えて貰った「ちびっ子用お守り~迷子防止機能付き~」と言うものなのだが
(まさかこんな形で役に立つとは)
「ルルーも、お守りはちゃんと持っている?」
「はい!もちろんです!!」
ルルーと呼ばれた侍女は、取り外したヒラヒラを抱えながら首に下げたお守りをわざわざ取り出して見せた。
「では、物陰に隠れて、私が良いと言うまで出てこない様に」
言いながら気配を感知しにくくする術をルルーにふわりとかける。
「はい。あの」
主がこういった事態をもう何度も経験していると知っているはずなのに、実際の現場に出くわすのが初めてなルルーはひどく不安そうにして居た。思わず苦笑いが漏れる。
「昔に比べれば今の私は確かに非力だけれど、流石にこれくらいは問題ない」
そう言って、勇者の生まれ変わりはスラリと剣を抜き、魔物が溶け込んだ闇に向かって歩き出した。
(10、いや12か)
森と庭園の境目にかけられた、魔物避けの魔術がギチギチと音を立てていた。本来であればこれくらいの魔物は難なく弾く代物であったはずだが、もう長い間掛け直されていないらしく綻びが目立つ。気づかなかった。後で懇意にしている魔術師に相談しなければ。
グルグルと、こちらを伺う魔物の声が暗い森から聞こえて来る。一見するとオオカミの様なそれは、プテボアと呼ばれる。魔物の中でもそれほど強いものではない。とは言え、数が集まればそれなりに面倒なうえ、他の魔物を呼び寄せる性質がある。つまるところ、数が集まりすぎる前に対処すべき魔物だ。
(悲しいかな、どうしてもこう言った状況の方が)
境界線に立ち剣を構えて魔物と向き合う。張り詰めた空気に思わず口角が上がった。一拍置いて、地面を蹴る。
「ギャン!!!」
「ガウッ!!」
振り抜いた剣から紅血が飛ぶ。
「グルァァア!!ガッ!!」
「ギャウッ」
くるりと身を翻し、振り向きざまに2頭。しかし手応えが浅い。
(うーん。やはりこの腕ではダメか)
一旦引いて、身体強化の術を自らにかける。今世の体、体力はないが、魔力量は人よりも多いのだ。
「ズルをしている様で嫌だが、やはりこうしないと無理だな……」
再び切りかかれば、魔物の首がいくつも宙を舞う。その合間を、かつての赤をひらめかせ、時に魔物を足蹴にしながら剣を振るうその姿は先ほどのワルツを彷彿とさせた。
最後の一頭が地面に倒れたのを確認して、剣から血を払う。
「ルルー終わった。もういいよ」
余裕があれば素材などを集めても良いのだが、流石にそんな時間はない。魔術師に作らせた特製のマッチを擦って魔物の死骸に放り投げると、青い炎が上がった。
シュウシュウと、魔物が焼ける音がする。
「は、はいっ!ヒェッ!もうっ!早くお戻りください!!」
こちらの惨劇が目に入ってしまったルルーが顔を逸らしつつ怒鳴りつけてくる。
「ああもう。御髪が。リボンもひどい事に!!」
浄化魔法で粗方の汚れは取れるが、髪や服の乱れは自分ひとりでは如何ともし難い。
「ごめんなさい……」ルルーの剣幕に思わず眉も下がる。
先ほどまで震えていたはずのルルーは、ぐしゃぐしゃになった主人の姿を見るや否や、侍女としての優秀さを遺憾無く発揮してテキパキと職務を全うした。
「……!」
「……!!」
遠くで声が上がる。どうやら青い炎が見えたのか、いよいよ気づかれた様だが、もう魔物は完全に燃え尽きている。今から来ても何もわかるまい。
「ルルー、もう大体大丈夫だろ。残りは休憩室でやらないか?そろそろ人が来る」
「そうですね。最後に明るい所で確認をしないと、汚れが残っていたら大変ですし」
ルルーとふたり、急ぎ足で暗い通路を駆ける。
「それは大丈夫なんじゃないか?」
ちょうど灯りが多くなる通路に差し掛かかり、身に纏った赤が露わになる。婚約者の顔を思い浮かべ、ラウーラは微笑んだ。
「赤いドレスは返り血が目立たなくていい」
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