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横断歩道の手前で、1円玉を拾った。アスファルトの熱を十分に吸収しているそれは、私の手に汗を滲ませた。
みんなに踏まれて傷だらけであったが、光沢のない銀色のコインには、確かに見慣れた『1』という数字が残っていた。
私はそれを半袖パーカーのポケットに突っ込んだ。1円玉ひとつで交番へ行くのも迷惑になるだろうし、お互いに時間の無駄だろう。それにひょっとしたら、今から向かうコンビニエンスストアでこの1円玉を使うことになるかもしれない。
信号が青に変わった。人も車もないこの道で、私と白黒の横断歩道の陽炎だけが生存している。
横断歩道を渡り切った先のコンビニエンスストアは、この世界で唯一の色のあるものに思えた。
自動ドアが開いた瞬間、白黒に思えた町が消えカラフルな店内に切り替わる。
静かに唸る空調が、店内のものすべてに生命を吹き込んでいるようだった。
「いらっしゃいませ」
色白の女性店員が、愛想よく振り返って言った。
ちょうどお昼休憩にでも行くつもりだったのか、『STAFF ONLY』の扉の前でくるりとこちらへ向きを変えると、そのままカウンターでにこやかに突っ立っていた。それとなく、半袖の制服からあらわになっている腕をさすっている。
私が買うのは、そのままレンチンのできるパスタと、甘いもの。できたら、かわいいマグカップなんかがついているデザート。
パスタの並ぶ棚の前に着いた時、思わず腕をさすった。入って間もないのに鳥肌が出始めるこの環境も、そのうち白黒の世界に思えるのだろう。
雑誌のラックの向こうにある先ほどの横断歩道が、日差しを浴びて少し黄色く見えた。温かそうだ。
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