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ジャケットを掛けていない方の腕を焼く陽射しは強く、アスファルトやらコンクリートやらの輪郭をいやにくっきりと浮き立たせていた。車道を走る大型車の排ガスは煤けていて、鼻から吸い込む熱を帯びた空気がわずかに臭った。電信柱と電線で区分けされた空は、光化学スモッグ発生の可能性を仄めかせていた。まるで三十年前のあの日のようだ。
直射日光で頭がのぼせたのか、私の上体がぐらりと傾いた。倒れるのを避けようとして足を踏ん張ったせいで、体の向きが変わった。
信号機のある交差点が見えた。角に喫茶店があった。
今日ではまず見かけない、蛍光灯内臓のキャスター付き看板が喫茶店の前に出ていた。その横に大型犬が一匹、寝そべっていた。
私の目はゴールデン・レトリーバーの「バロン」に吸い寄せられた。膝が震えた。ここへ来てからずっと、私はバロンに出会うことを恐れていたからだ。
ところが一度見てしまうと、彼から目を離すことが出来なくなった。視界全体で陽炎が渦を巻き、私の意識は思い出の中をさまよった。
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