バロン

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 衝撃があった。だが私は死ななかった。バロンが背後から体当たりをして、被るはずの運命を代わりに引き受けてくれたからだ。 「ごめんなさい、ごめんなさい」  私は膝をついて、車道に投げ出されたバロンに謝った。六歳の子供でも、自分の誤解と不注意が引き起こした惨劇だということは分かっていた。彼は口から血の泡を吹いて、焦点の定まらぬ目で私を見ると、悲しげに眉をひそめた。  バロンはその夕方に亡くなった。私は両親にも彼の飼い主にも、事故のことをひたすら謝った。彼の本当の名も聞いたはずだが、自分の発する「ごめんなさい」の声に邪魔されて、耳に入ってこなかった。  喫茶バロンの前を通る度に、私は取り返しのつかないことをしたという思いに苦しむようになった。どんなに良いことがあった日でも、看板を見ただけで胸が塞いだ。  それは事故によるトラウマであったが、私にとってはバロンの呪いだった。怨みを残して死んだ犬が私を苦しめていると信じ込んでいた。転居してこの街を去ることになった時、心底ほっとした。やっと呪いから自由になれると考えたからだ。  ところが今、私はあの日あの場所に連れて来られ、バロンと再会していた。きっとまだ、私を怨んでいるに違いない。悪い予感に、膝がわなないた。
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